第34話 質問

「まぁあなたの浅慮が原因でこの暴挙にでたってことは分かったわ。でももう彼らのことは諦めなさい。もうどうしようもないことよ。あたしたちの役割は観測すること。干渉することではないわ」

「そ、そんなの分かってるわよ! でも、でも!」

「それを決めるのは蒼君だ。リリィ、お前ではない。お前こそ独断で今回の騒動を起こしたのだ。人のことを言えた義理か」

「そ、それは、そうですが……」


 マリアの思いの丈を聞いてあたしは決心した。彼女がここまで助けてあげたいと思う人達だ。あたしになにができるのか、できることが本当にあるのか、今はよくわからないけどあたしは彼女を助ける。そう心に誓った。



    ◇



「志岐谷様、申し訳ございませんでした、と言っておきます。わたくしとしては目的が成就できず痛恨の極みですが、これはわたくしの胸の内に留めておくことにいたします。ご自宅までお送りいたしますので、しばしお待ちください」

「あ、はい」


 リリィからなんだか嫌味たっぷりのお言葉をいただき、あたし達は1K6畳一間のアパートへ帰ることとなった。

 あたしの傍らには以前の彼女とはまるで豹変してしまったマリアがいる。


「蒼ちゃん、私さっきの蒼ちゃんの言葉、すっごく感動したよ! 私も蒼ちゃんの為に頑張るから仲良くしてね!」

「あ、はい」


 なんだろうこの子、物凄い変わり身の早さだ。でもこんなキラキラした笑顔で、しかも上目遣いでこうこられたらもうあたしにはどうすることもできない。本当可愛いは正義とはよく言ったもんだ。

 ふと気づいたらいつのまにか、さっきまでいた白銀色の人形はいなくなっていた。どうやってここから消えたんだるう。いや、もう考えるのにも疲れた。今日は頭を使い過ぎた。これ以上深く考えるのはやめておこう。


 しばらくして迎えの車が到着した。行きに来た、ていうか拉致されてきた時とは違う白の車があたしたちの前で停車する。


「志岐谷様それでは。今後わたくし達が直接あなたに関与することはございませんが、もしなにかあればここを訊ねていただければなにかお手伝いをすることは可能ですので」

「あ、はい、お願いします」

「あ、ねぇ、リリィ、気掛かりだったことがひとつあったわ。ミネルヴァは大丈夫なんでしょうね? あの子に危害を加えてたら絶対に、一生許さないからね」

「はぁ…… あのね、マリア、いくら規律違反を犯したからといって、わたくしが観測器の仲間に手を掛けると思う? あなたどれだけわたくしのことが嫌いなのよ? 大丈夫よ、少しの間謹慎してもらってるだけだから」

「そっか。リリィ、ごめんね。そんでありがと」


 彼女はリリィに一言告げて車に乗り込んだ。

 まるでゲームの中での出来事のようだった今回の騒動。これにて一件落着、めでたしめでたし……


 ――いや、待って!


 全然解決してない! リリィがマリアを攫った理由には納得いったけど、彼女があたしを攫った理由、あの眼鏡を欲した理由はなにひとつ分かっていない。

 彼女は眼鏡のことを禁忌と言っていた。なんで只のゲームの筐体がそんな大それた代物になるの? そりゃ次世代のゲーム筐体、余りにもリアル過ぎる描写の可能なゲーム機を大企業が欲しがるのは分からなくもないけど、それでもどうしても納得いかない。


「運転手さん、行先を徳倉ウィメンズクリニックに変更してもらってもいいですか?」

「え、それは~、」

「かまわないわ。彼女達を徳倉メルのところまで送り届けてちょうだい」

「有難うございます、リリィさん」

「いえ、あなたが気になってることは分かるわ。わたくしから説明するのは憚れるし、彼から聞いてちょうだい。それでは、また……」


 深々とお辞儀をするリリィ。あたしもそれに答えると、車に乗り込む。

 きっと先生ならあたしの疑問に応えてくれるだろう。このモヤモヤを払拭しないことには、前へ進むことはできない。

 車は走り出した。徳倉ウィメンズクリニックへ向かって。



    ◇



「やぁ蒼君来る頃だと思っていたよ」

「どうも、メル先生、少しお時間よろしいですか?」

「あぁ、もちろんだとも」


 先生はそう言うと、あたしを以前お邪魔した仮眠室へと案内してくれた。

 先生はあたしが来ることを予想していたみたいだ。ならあたしが今から聞こうとしていることも全てお見通しなのだろうか? 彼は全ての質問に答えてくれるのだろうか。


「こんなものしかなくてすまないね。まぁ飲みたまえ」


 インスタントのコーヒーを受け取り角砂糖をふたつ落とす。マドラー代わりのスプーンでコーヒーをかき混ぜる。コーヒーの渦をジィっと眺めながらどう切り出そうか言葉を選ぶ。空白のほんの数秒……


「あのゲームはなんなのか、何故BMPという大企業があの筐体を欲しがるのか、そもそもあれは本当にゲームなのか…… あとは私、徳倉メルは何者なのか、といったところかな? 君が聞きたいことは」

「え!?」


 あたしが言い淀んでいたことを先生が全て代弁してくれた。なんかすべて見透かされているようで少々背筋が凍るようだけれど、まあ手間が省けたといえばそのとおりだ。

 ゆっくりとコーヒーカップに口をつける先生、その表情には焦りとか、強張りとかそういったものは一切感じられない。いつもの落ち着いたメル先生の表情そのもの。 彼は全ての質問に答えてくれるのだろうか・


「もちろん全てに答えるとも。えぇと、なにから話すとしようか」


 ――!


 また心を読まれているかのよう。でもやった! とうとう疑問に思っていたことが全て白日の下へ晒される。聞きたいような、聞きたくないような相対する気持ちが綯交ぜになったような、なんとも言えない今のあたしの心境。でもこれはきっとあたしが知っておくべき事柄なのだ。

 ここであたしはふと忘れていたあのものの存在に気づいた。

 あの子に頼まれていた大事な預かりもの。そうだ! 早くミリアちゃんからの封筒をメル先生に渡さないと!


「先生! すみません、先生への預かりものがあったのを忘れてました。これなんですけど」

「預かりもの? これは…… 封筒?」


 ペーパーナイフで封筒を開封する。中に入っていたのは思ったとおり手紙だったみたいだ。先生は徐に手に取り、その手紙に目を通す。

読み進めていくにしたがって、先生の表情は先程までの落ち着いたものから眉間に皺を寄せた険しい表情へと変貌していった。

手紙を読み終えた先生はテーブルの上に置いてあった灰皿の上で、その手紙に火をつけた。

ライターなんていつ出したのか、ぼわっと火がついて一瞬で塵になった手紙だったもの。しばらく黙り込んだかと思うと、先生はあたしの方を向いて一言。


 ――すまない、質問には答えられない


「は!?」

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