第33話 観測器について
「弁明を聞こうか、マリア」
この場にいる全員からの視線を一身に背負うマリア。
ハンバーガーショップで偶然出会った異国の彼女。金髪碧眼の、まるで絵画の中から飛び出てきたかのような美少女。
せっかく素敵な友達ができたと思っていたのに、どうやらそう思っていたのはあたしだけだったらしい。
彼女はあたしを利用する為に近づいてきただけだった。
沈黙を保っていた彼女はやがてゆっくりと口を開いた。
「私は! ただ…… 私のせいで消えちゃった仲間と、もう一度会いたかっただけ! それだけよ……」
「あなたはまだそんなことを言ってるの!? わたくしたちの役目は見守ること、そんな大原則すら忘れたっていうの!?」
「リリィ、あんたね、仲の良かった友達が死んだのよ!? それも私達のミスで! なんでそんなに平然としていられるのよ!? 私達が観測を見誤らなければあいつらは死ぬことなんてなかった。今も私達の隣にいたっていうのに!」
「だから! 起こってしまったものはしょうがないでしょうが! 一時の感情に身を任せて他の皆を危険に晒すっていうの!?」
あぁ、あたしは完全に傍観者。聞いてても全く話の内容が分からない。でも待って、あたしは今回の事件の被害者であり当事者だ。知る権利がある! うん、たぶん、きっと、多少は。
「あ、あの~、話がちんぷんかんぷんなんですが、ちょっとだけでも説明してもらってもいいですか?」
「あ!?」
「あ!?」
ヒートアップするふたりの冷たい視線があたしに突き刺さる。え~、酷くない? いいじゃん、あたしにも分かるように話してくれたって……
「おい、お前たち、蒼君にそのような視線を向けるな。もう先程のことを忘れたのか? 私がその気になればお前たちなどどうにでもできるんだが?」
「え、いや、わ、わかってるわ。で、でも彼女にわたくしたちのことを教えてもいいの?」
「あぁ、かまわん」
メル先生の一喝であたしへの敵意を取り下げてくれたリリィは彼女達が一体なんなのかを語りだした。
「わたくしたちはBMP inc.という企業のとある部署の人間よ。あなたはBMP inc.を知っているかしら?」
「え? も、もちろん知ってますよ! 世界最大の物流企業ですよね? さすがに田舎もののあたしでも知ってますって。大抵の宅配物はその会社が扱ってますもんね」
そうBMP inc.(ブルームーンプロジェクト)はアメリカ合衆国の企業。世界最大級のECサイトと宅配サービスで世界を牛耳る、ちびっこだって知ってる大企業だ。でもそんな大企業の社員? この人達が?
あっ! そういえばエレベーターホールで見かけた見覚えのあるマーク、そうだ! あれはBMPのマークだ!
「じゃあ皆さんはアメリカから来たんです?」
――あたしの一言で場の空気が変わった
「あなた今なんて言った?」
「え? いや、だから皆さんはアメリカから来たんですか? って」
リリィとマリアが真剣な顔をしてお互いを見合わせている。
なに? あたしなにか変なこと言った? いや、言ってないよね。
「ねぇ、メル、これも適合者だからなの? なんで彼女は改変の影響を受けていないの?」
「ノーコメントだ」
改変? なんのこと? またあたしに分からないことを話してる。
だけどほんの少し間をおいてリリィが話し出した。
「ねぇ、志岐谷さんアリカシエラって国知ってる?」
「え? アリ、ご、ごめんなさい、もう1回言ってもらえます?」
あれ? アリ、なんだっけ? アリカ、シエラ…… あれなんだっけ? なんか聞いたことがあるような気がする。あ、思い出した。日本から遠く離れた大国の名前だ。
なんで忘れていたんだろう。そう、アリカシエラ北部合衆国とアリカシエラ南部連合国。たしか1860年代の南北戦争で南北ふたつに別れた国の名だ。
「あ、ごめんなさい、思い出しました。そうだ、なんで忘れてたんだろう。BMPもアリカシエラ北部合衆国の企業でしたっけ? あれ? なんで忘れてたんだろう……」
「ね、ねぇ、メル、この子、なんなの? 少しの精神異常もなく改変を受け入れてるわよ? どうなってるの? こんな子初めてなんだけど……」
「あ? そんなことはお前が気にすることではない。彼女の質問にだけ答えてやれ。次に勝手なことをしたら…… 分かってるな?」
ま~たあたしにはわからない話をしている。でもリリィさんの表情が今までとは明らかに違う。額に大粒の汗を纏わせて、爪をカリカリ噛んでいる。足踏みもしてるし、見るからに落ち着きがないというか、予想外のことが起こって、どうしたらいいのか分からず苛立っているというか。
「ま、まぁいいわ。それでわたくし達はBMPで、観測室という部署に籍を置いてるの。この部署は簡単に言えば世界で何か異変が起こらないか観測しているの。ただ観測をしているの」
「リリィ、ここからは私が話すわ」
そういってマリアがリリィを引き継いでそのまま語りだした。
「私達観測室のあるメンバーが、10年前日本で起こる災害を観測する為にこの国へ訪れたわ。観測は被災地の間近で、しかも目視で行わなければならなくて、彼らは災害に影響のない最大限に近い場所で観測を行っていたの。その災害発生範囲の特定は私達の観測器で行っていた」
「あの、その観測器ってなんなの? ていうかなんで災害を観測? してたの? いや、それよりなんで災害が起こるのが分かるのよ!?」
マリアの言ってることは余りにも論理が破綻している。そんなにピンポイントで未来に起こる災害が予測できるのなら、なんでその技術が世界に知られていないの? そもそも本当にそんな技術があるの? やっぱり彼女はあたしのことを騙そうとしている?
「あなたの疑問は分かるけど、私は嘘は言ってない。信じてって言って信じてもらえるかはわからないけど」
彼女は一呼吸置いて言葉を続ける。
「観測器は未来を予測する演算装置。観測器についての詳細は省くけど、こいつを使えば近い将来起こる災害や大きな事故を予測できる。でも本当に必要な情報は未来に起こる災害じゃない。本当に必要なのはその災害で発生する歴史改変なの。そしてその改変が起こる瞬間を誰かが目撃しておかなければならない。改変を認識していないと、その改変に巻き込まれて何が改変されたのかが分からなくなる。その為に私達の仲間は10年前あの大災害が起きた現場にいた。でも私達は演算をほんの少しだけ間違えた。それも誤差の範囲で。でもその誤差は彼らにとって命取りになった。彼らは大災害に巻き込まれ、この世を去った。彼らは私のミスでこの世を去ったの。だから私は彼らを助けたいの。それがあなたになら可能なの。例えそれが本物の魂と肉体じゃなくても、私は彼らにもう一度会って謝りたいの。ただそれだけ」
矢継ぎ早に言葉を続けたマリア、思いのたけを全て吐き出したのか、顔が紅潮して息も荒い。正直彼女が言ってる言葉の意味の半分も頭に入ってこない。
でも彼女が嘘を言ってなくて、今まで隠していた彼女の本心をあたしに正直に話してくれたことだけは分かる。
「ごめんね、マリアちゃん、話が難しすぎてあたしにはよく分からなかったけど、あなたが友達をどうしても助けたいってのだけは伝わったよ。そもそもあたしになにができるのかなんて全然思いもつかないけどさ。ていうかそういう理由だったら最初から言ってよね! なんであんな回りくどいやり方したのかなぁ」
大災害で亡くなった人を助けるってのがそもそもよく分からない。そのことがゲームに関係しているのかもしれないけど、そんなことより困ってることがあって、あたしに頼りたいなら初めて会った時に言って欲しかった。あたしは無敵でもないし、お金持ちでもないけど、あたしの両手で助けられる人がいるなら全力で助ける。
それくらいの気概はあたしだって持ってる。
「蒼ちゃん…… ごめんね、ごめんね、ごめんね……」
緊張が解けたのか、涙を流し膝をつく金髪碧眼の少女。
泣いてる彼女にあたしが今できることは少ないけど、彼女の肩を優しく抱きかかえるとこならできる。それが今のあたしの精一杯だった。
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