異世界転生して得た能力が「ささくれを剥くと幸運が訪れる」だった

藤浪保

異世界転生して得た能力が「ささくれを剥くと幸運が訪れる」だった

 徹夜で仕事を終えた後、始発で家に帰ろうとしていた俺は、駅のホームで後ろからぶつかってきた酔っ払いのせいで、あえなく線路に転落し、クソみたいな一生を終えた。 


 電車はまだ来てなかったから、たぶん打ち所が悪かったんだろう。


 俺はとことん運の悪い男だった。


 ふらついた酔っ払いに体当たりされたのも、そもそも土砂崩れの影響で納期が遅れて徹夜する羽目になったのも、俺の悪運が引き寄せた結果なのだ。


 と、ここまで考えて、なぜ俺は今思考ができているのだろうと思い至る。


 死んでいるのではないのだろうか。苦しむくらいならひと思いに死にたいのだが。俺の運の悪さはそこまで極まっているのか。


 絶望しかけたところで、突然ふっと目の前に白いひげのじいさんが現れた。


「すまん! 手違いで殺してもうた! あの酔っ払いが死ぬはずだったんじゃが! お詫びに次は幸運値を上げておくからの!! ほれ」


 まくし立てるように言われ、手を差し出される。


 面食らった俺は思わずそこに手を重ねてしまった。


「なんじゃこの手は。ひどいささくれじゃな」


 そう言いながらくるっと手をひっくり返され、手の平を上にされたかと思うと、じいさんはおもむろに黒のマジックを近づけてきた。


「おい、何するんだよ!」


 慌てて引っ込めようとしたが、じいさんはあり得ない程の力で俺の手をつかんでおり、引き抜くことはできなかった。


 そのまま手の平の中心よりやや上の辺りに、十字が書かれる。


「これでよし! 赤子からやり直すのは面倒じゃろうから、死にたてほやほやの体を選んどいたからの!」

「ちょ、それどういう――」


 いている途中で、突然足元の感覚がなくなり、俺は落ちた。


「乾燥はささくれの元じゃぞー……」


 頭上からじいさんの声が降って来たのを最後に、俺の意識は飛んだ。



 * * * * *


 

 どうやら俺は異世界に転生したらしい、とわかったのは、目覚めてから割とすぐだった。あのじいさんは神だったのだろう。


 転生先は平民の少年で、流行病で一度心臓が止まった後、奇跡的に復活したらしい。この体の持ち主はその時に死に、そこに俺が収まったわけだ。


 手の平を見ても落書きはなかったが、十字のしわが入っていた。この手相が何を意味するのか、俺にはわからない。


 だが、じいさんが幸運値を上げると言っていたのだから、きっと俺の運はよくなっているのだろう。この世界に宝くじは存在するのだろうか。なければ賭け事でもするか。楽して金を稼いで楽しく生きるぞ。


 ――と、思っていたのだが。


 一向に幸運が舞い込んでこない。


 話が違うといきどおっていたところ、ついに法則を見つけた。


「どうか無事に突破できますように」


 冒険者となった俺は、毎回そうしているように、ダンジョンに挑む前には必ず神殿で祈りを捧げるこのにしている。


 そして――。


 おもむろに指のささくれをつまみ、ぶちっとむしり取った。


「ちょ、あんた何やってんのよ。ていうか手すごい荒れてる……!」

「いいんだ。これはこのままで」

「んなわけないでしょ。治してあげるから」

「いいんだ!」


 仲間の魔法師が回復魔法をかけてくれようとしたが断った。


 なぜなら俺の能力は【ささくれをくと幸運が訪れる】なのだから。


 何度も検証したから間違いない。


 あのクソジジイ、やけにささくれを気にしていたなと思えばこんな変な条件をつけやがって。


 おかげで常にささくれを用意しておく羽目になっている。こまめに手を洗って乾燥させ、乾いた布でこするのが有効だ。


 とはいえ、罠のありそうな箇所や、ボス戦の前にも使っているが、それでこれまでこのパーティが上手くやってこられているのだから、ありがたいことだ。


 俺はガビガビに乾燥し、ささくれだらけになっている手を眺めた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「わし、別にそんな条件つけてないのじゃがのう……大人になってから発現するだけで……。まあいいか」


 

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異世界転生して得た能力が「ささくれを剥くと幸運が訪れる」だった 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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