ささくれを飲む(KAC20244)

しぎ

明日香との日常

「いてっ」


 右手の人差し指がちくっとして、思わず声が上がってしまう。

 見ると、爪の付け根にできていたささくれから、血が赤くにじみ出ている。


「どうしたの月菜つきな?」

「うん、ちょっとノートの端がささくれに引っかかっちゃって……」


 隣で退屈そうに教科書をめくっていた明日香あすかがわたしの指を覗き込む。

 その顔は、まるでエサを見つけたうさぎのように輝き出す。



「……ちょっと、駄目よ明日香。これだって血は血なんだから」

「えー、少しぐらい良いじゃん」


 わたしが手を引っ込めるより早く、明日香がわたしの人差し指をぱくっとくわえる。

 油断すると、そのまま右手ごと持っていかれそうな吸引力だ。


 無理やり引っこ抜くなんて、物理的に出来そうもない。


 

「……ねえ、今舐めなかった?」

「うん、はむはむ」


 人の指をくわえたまま喋るんじゃない。


「あのね明日香、こう、行儀というか、なんというか……」


 わたしが言おうとすると、明日香は笑顔で口を離した。


 

「しょうがないじゃん、だって月菜美味しいんだもん」


 だからそのわたしを食べ物みたいな感じで言うのはやめてくれ。本気じゃなかったとしても。



「……それに、月菜も嬉しそうな顔してるし」


 …………へ?


「そんなわけ無いでしょ。自分の指を人にくわえられて嬉しくなるってどこの変態よ」

「でも最近は、あたしがお願いしてもあまり嫌がらずに応えてくれるよね」


「だって、そういう約束じゃないの」


 とは言ってみたが、互いに秘密を共有して半年、最近ではほとんど抵抗が無くなってきている。


 なんでだろう、もうすっかり慣れてしまったということなのだろうか。



「そうだ月菜、これからもささくれしたら教えてよ。あたしが舐めてあげる」

「なんでそうなるのよ。明日香に舐めてもらわなくても別にわたしは困らないのだけど」

 

「あ、ささくれじゃなくても、怪我したら教えてよ。治りが早くなるかもよ?」



 ……紅くなった明日香の目を見てると、その言葉が冗談には思えなかった。


 

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