第2話 逃亡
母が男を連れてくる日は、決まって近所の空き家の、昔は馬小屋であったろう小屋に逃げ込む。
僕のおばあちゃんが言うには、確かにここで農業用に馬を飼っていたらしい。
そんなおばあちゃんも死んでしまって、ああ、家の方が人より寿命が長いんだなと思った。
人が作った物が、人より長くそこにある。
そんなことは当たり前だ。
世界遺産なんてみんなそうだ。
でも、なんか、変な気がする。
僕が家だったら、きっと家主と一緒にいなくなりたいと思うだろう。
それもまた、変な仮定だけど、、、。
「リタ、おいで、僕が来たよ」
そう声をかけると、雑多のガラクタの山の奥から、一匹の犬が出てくる。
リタ、そう僕が名付けた。
「人のためになりなさい」
そうおばあちゃんがよく言っていたから、利他から取って、リタ。
いっぱい読んだ本の中で、人が生まれて初めて受ける暴力は、名前を付けられることだって書いてあった。
なんとなく、分かるような気がした。
僕は、リタって名前を付けた。その時、少しだけよくない気持ちが心にあるような気がしたから。
リタは僕が持ってきたドッグフードを食べた。
母はいつも、僕の食事代をおばあちゃんの仏壇に置く。
そのお金で買ったドックフードだ。
自分の家の子じゃない犬のご飯代にして、母に申し訳ない気持ちもあったが、リタをほっておけなかった。
むしゃむしゃと勢いよく食べるリタに、僕も自然と笑っていた。
ただ何となく、リタを撫でたりはできなかった。
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「よしえ先生のアソコ触って来いよ」
誰かがそう言った。
なんでそんなことに興味があるのか分からなかった。
でも、僕は普段、母のそういうところを見ているから、他の子どもとは違うのも分かっていた。
よしえ先生は、都会から来た若い先生だ。
結婚してここに来たという。
田舎は嫌ね、と言ったことが生徒に広まって、少しだけ嫌がらせを受けている。
でも、よしえ先生は悪い人ではない。
僕のことを心配して、何度か家に来てくれた。
何かあったらいつでも言ってね、と笑顔で声をかけてくれる。
そんな人のアソコを触るなんてことはできない。
そしたら、みんなつまらなくなって、僕のズボンを下げて、校舎の窓から外に投げた。
笑ってくれるのかと思ったけど、そうじゃなかった。
僕の体の痣を見て、何も言えなくなってしまった。
だから僕は、なぜか申し訳なくなって、
「僕、ズボン一本しかないから、やめてよね」
と笑った。
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一張羅の僕のズボンは、日に日に短くなっていった。
どうやら本当に一本しかないか、クラスメイトが試したくなったらしい。
ほとんど冬だった。
すでに半ズボンと言って差し支えない長さになってしまったズボンを見かねて、母が怒鳴った。
私へのあてつけか、と。
あてつけとは何かまったく分からなかった。
だんだんと理解したのは、要するにズボンを買ってもらえないから自分で破ってるのか、ということ。もしくは、母の仕打ちを他の人に知らせるためか、だ。
そんな意図はもちろんない。
でも、弁明してさらに母を怒らせたら可哀そうだ。
だって、母の男は、もうだんだんと母の短気なところに嫌気がさしているから。
男といるときの母は楽しそうだ。
だから、これ以上母をいら立たせてはいけない。
僕はまた、リタのところに行った。
冥界転生~必ず天国にたどり着き成仏してやる~ @shirano
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