ささくれに触った人が死ぬ能力を持って異世界転生しない

うぃんこさん

転生前のいつものアレ

「というわけで貴方はトラックに轢かれて死んだのでいつも通り能力貰って異世界飛んでください。二度と帰ってこないでくださいね」


「女神様、雑ゥ~~~」


2024年、もうなんかすごいありとあらゆる異世界転生の手法が各々の作家によって明かされた現代。今や異世界転生は現実に疲れた人間達の娯楽として浸透していた。


作品によって手法は違えど、とにかく一般的なのはトラックに轢かれること。これが一番転生確率が高いということで、車道に飛び出す人々が殺到。そのうちの九割九分九厘が帰らぬ人となり、多くのトラックドライバーがノイローゼに陥り退職してしまい日本の物流が危機的状況になったことで、国の認可を受けた転生トラック以外に轢かれた者への損害賠償は無効となったのは皆様の記憶に新しいだろう。


なおこの世に帰って来た『残りの一厘』のうち「このメーカーの、このトラックに轢かれた時に転生出来たのでオススメです」と発言した者がいたが、車両業界へのネガキャンはメーカーから暗殺者を差し向けられてもおかしくない危険行為なので気を付けよう。結果そのメーカーは異世界転生トラック業という新たなビジネスに乗り出せたので暗殺はしなかった。


「で、今度はどこの世界に飛ばしてくれんの?楽しみ~~~」


そのネガキャンを行った者こそ、異世界転生する前にチート能力を授けてくれる女神様の前で軽口を叩いている男。今回で転生5回目の異世界転生ベテランである。


たまたま1回目に当たりのトラックを引いて轢かれて何らかの冒険を行ってきた後、何らかの手段で現世に帰還してきたが、現世に飽きて遊園地へ遊びに行く感覚で異世界へと飛ぶようになってしまった異常者である。


「……あなた方『残りの一厘』といい、作家連中といい、口が軽すぎるんですよ。おかげさまで適当に管理していれば良かった私の仕事、全部パー!あまりにも忙しすぎて、異世界もチート能力も不足しているんですよ!このままだと待機列設けますよ!介護施設みたいに!」


「今、3年待つのが当たり前だってね。しかし、女神様って大変だなあ。事務職?そもそも何で女神なんだろうねこういうの担当するの」


「本来、私に性別はありませんが、作家達の創作によって何故か女神と定義付けられて以降、人々の集合無意識によって今の姿が作り上げられてしまったのです……」


「そらまあ受付が綺麗なお姉さんの方がからねえ。というわけで能力ちょうだい。あ、でも『全てを無に帰す能力』はチートすぎてつまらなかった。『死に戻り能力』も何回同じことやらされんだって感じだったし、『何でも学習する能力』は最初は楽しかったんだけど後半ダレる。前回の『自分含めて触れた者を不幸にする』ってのはかなり楽しめたなあ。制限があると燃える」


とまあ、このように転生後の能力について文句をつけるようになってしまったのが転生に慣れきってしまった現代人だ。彼のように転生経験が豊富でないものも、数多に発行された異世界ファンタジーもの小説でどんなのがいいか当たりを付けている。


とはいえ女神、というか他世界の神から異世界転生の窓口として認知されるようになってしまった雑多な神の一柱にも、そんなに他者へ分け与える力が残っているわけではない。


神は集合無意識より形作られる。神は人の想像より作られる。神を作ったのは人である。


要するに人間の想像出来ないことは神ですら出来ない。逆説的に人間の想像し得ることなら神は何でもやれる。ので、神が分け与えられる能力はどこかの人間が考えた能力である。


かといって無制限に人の発想は使えない。一つの発想を使ってしまうと、二度目以降は陳腐化してしまうのだ。一番人気の『超身体能力を得る能力』はもう使い過ぎて出涸らしも同然だ。


「……貴方のご期待に沿えるかは分かりませんが、貴方にはこれを授けましょう。えいっ」


女神が男を指差すと、男の身体が光るだけ光って、特に変化もなく収まった。


「うーん、いつも通り何も分からない。これなに?」


「貴方の意見を総合してChatGPTに聞いてみた結果、全てを満たす条件に合致するのは今のところ『ささくれに触ったら死ぬ能力』だけしかなかったので、そちらをどうぞ」


「………………はい?」


男は困惑した。確かに愛読書の中には全く使えない能力を上手く使って大成していくものとか、ステータスはゴミだがスキルが超強いとか、弱すぎて追放されたけど実は強かったとかそういう類型はある。


後半だけ聞いたらただの即死チートなのだが、前半がもう訳がわからない。ささくれ?ささくれってなんだ?


「ささくれとは、指の皮がペロンと剥がれた時のアレですよ。爪に出来る人もいます」


「いや、俺は定義や意味を聞いているわけじゃなくてね!?何そのショボすぎる能力!?どう頑張っても射程1cmぐらいじゃん!」


「パンチだと微妙に当たらないですね、ささくれ。可哀想に」


「他人事だと思って~~~!そうじゃなくても異世界の連中、パンチ一発当てるのだけでもかなり苦労するんだよ!くらえ!ささくれショット!」


男は左薬指のあたりに生えているささくれを取り、デコピンで女神めがけて発射した。


「……どうやら、その状態だとただのとして扱われるようですね」


女神はピンピンしていた。


「使えね~~~!!!」


「指とくっついていて、なおかつささくれと認定される状態の時のみ効果を発揮するようですね。四肢を落とされたら終わりですね」


「四肢落とされたら大抵の能力者は終わりだと思う……」


「あっ、でも指を千切れば飛び道具として使えますよ!」


「残弾が多く見積もっても20発しかない~~~」


能力がショボすぎても、本当に使えないのなら意味はない。こういう時は大抵転生先の人物が自身の能力とのシナジーを持っていることが多いので、あきらめずに転生してみるのも悪くなかったりするのだが。


「あと、異世界によくある魔力を測定するアレとか一撃で破壊出来ますよ?」


「実力が伴ってないのにそのルート進むの嫌だなあ~~~でもホントなんであるんだろうねあの水晶」


「これは他世界の神から聞いたんですが、戦闘力の概念って偉大だよねって……惜しい人を亡くしました……」


「そういう人ほどしっかりとした世界に転生させてやりゃあいいのにな」


「貴方達みたいな異世界転生を旅行だと思っている人たちのせいでそれが出来ないんですけどね」


男は膝を叩いて笑った。女神はこの転生前ルームで会うのは5回目になるが、最初はこれほどまでふざけた男ではなかった。むしろ真面目な好青年といった印象であった。


能力を授けられ、世界を救い、現世に帰還する度に彼はおかしくなっていった。心がささくれ立っていった。異世界転生が心を荒ませるのか、それとも何度でも死ぬことがおかしいのか。


否。異世界転生が悪いのであれば二度とここに来ることはないだろう。死が人を狂わせるなら能動的にトラック轢殺されには行かないだろう。


神は知っている。トラックに轢かれて死んだ人のうち九割はをした。残りの一割は異世界転生の手続きに成功した。


無事に異世界転生したうちの九割九分は何も成せず死んだ。残りの一割一分は何かを成し遂げ生き延びた。


無事に生き延びたうちの九割九厘はそのまま異世界に残った。残りの一割一厘は現世に帰還した。あるいは、


目の前の男は、そうやって『0.1一厘%』を四度も経験してきた異常者である。いや、異常なのは異世界か、はたまた現世か。


彼がその手にあるささくれよりも少ない割合で転生し続ける理由とは何か。彼が現世にもたらしたものは何か。彼が異世界から必ず帰還し続けるのはどういうことか。


その役割を知ったところで女神は何の感情も抱かない。ただ仕事をするだけだ。死んだ者に能力を与えて脅威度の高い世界へと派遣する。ただそれだけの存在である。


「なので、行ける世界は少ないのですが……」










男は転生方法を熟知した『残りの一厘』である。


国の認可を受けた転生トラック以外に轢かれた者への損害賠償は無効となる。


国の認可を受けた転生トラックを扱う業者は当然料金を吹っ掛ける。


人を平然と轢けるようなドライバーは少ない。軒並みノイローゼになっていった。


男は異世界転生を繰り返している。当然、認可を受けた転生トラックに払う金はない。男は異常者である。男はどのトラックに轢かれれば転生出来るか分かっている。男は違法異世界転生の常習犯であった。


男が転生したのは現世である。転生と言うよりは、転移と言った方が良いのかもしれないがどうでも良い。


重要なのは状況だ。そこらへんの車道にてトラックに轢かれた男は、そっくりそのまま自身が死んでから女神と話し合っていた数分間の時を経て、で転生した。


「嘘だろ~~~~~!?」


当然、突然現れた人に時速60キロで走るトラックが反応出来るわけもなく、男もとっさに両手を交差して衝撃に備えようとする。


「エーーーーーッ!?」

「アアーーーーッ!?」


そこに潰れたミンチはおらず、驚きながら歩道へ避ける男と、車道を座ったような姿勢のまま時速60キロで飛んで行くトラックのドライバー男が交差する。


「ウギャアアアアアーーーッ!!!」


そのうちドライバーだった男は状況が飲み込めないまま減速していき、後続のトラックに轢かれてしまった。


「……まあ、あのメーカーのトラックだったから無事転生出来るでしょ。ささくれ、ナメてたな」


男は当てもなく歩道を歩いて行く。彼に帰る家はない。度重なる異世界転生による時間経過により、彼を知るものすら現存していないかもしれない。


「とりあえず、ハンドクリームでもパクるかあ~~~」


それでも生きていかなければならない。勝手見知った現世であろうが、転生した以上はここが異世界だ。またいつものように世界からはじき出され、現世に戻り、トラックに轢かれて女神様に会おう。


あの話している時間が一番楽しい。どういう能力で、どういう世界に行くのか、それを話し合っている時間が最も楽しい。あと今回の能力についてもクレームをつけてやろう。それだけが、男の楽しみであった。




なお、数キロ歩いた先のドラッグストアに売っていたハンドクリームはささくれに触れた瞬間に死にました。


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