それも立派な軽傷です

羽間慧

それも立派な軽傷です

 学級委員長は何でも鞄に常備している。割り箸も、裁縫セットも、薬箱も。だからクラスメイトは、困ったことが起きれば学級委員長の席に行く。


萬屋よろずやさん、絆創膏かーしてー!」


 スカートの裾が机に当たる位置まで折ったギャルも、学級委員長には頭が上がらない。

 演習問題を解いていた学級委員長は、シャーペンを置いて鞄へ手を伸ばす。


「どうぞ。見えパンは履いているのでしょうが、好奇な視線だけではなく妬みも向けられていることを自覚してください。ちゃんと返さない人は、貸してなんて言ってはいけませんよ」

「直す! 今すぐ直すから! 恵んでくれたお礼に、自販機の飲み物なーんでも奢ってあげる!」


 膝が少し見える位置まで下げられたスカートに、大多数の男子が残念がる。せっかく隠れて目の保養にしていたのに。とはいえ学級委員長には嫌われたくないから、不満に蓋をする。睨まれたい性癖はあるもんか。


「アイスでもよろしいでしょうか? チーズケーキ味を買いに行こうと思っていまして」


 横髪を耳にかける学級委員長は、チーズケーキよりも抹茶が似合う雰囲気がある。俺が意外だと思っていたとき、交渉はすでに成立していた。


「じゃ、なるはやで買いに行ってくるー!」

「また怪我してはいけませんから、ゆっくりでお願いします」


 学級委員長の優しさに、恋心を抱く生徒は多い。告白して玉砕するか、卒業まで様子見か、秘めた恋にするか。俺は最後の勢力にいた。


 優しいなんて理由で好きになってしまったら、学級委員長が機嫌を悪くしたときに好感度を大きく落としてしまう。勝手に夢を見て、勝手に幻滅するのは失礼だ。俺は作業の続きをする。


「触ったらいけませんよ、酒向さかむけくん」


 学級委員長は机から身を乗り出すようにして、隣の席の俺に注意した。乾燥によってめくれた皮膚を引っ張っていたのが、視界の端に写ったらしい。


「悪い。ささくれができると、ついつい触りたくなるんだよ」

「それも立派な軽傷です。私の絆創膏を使ってください」

「軽傷って、大げさな」


 授業のペアワーク以外で話すのは、席替えしたてのときにした挨拶以来だ。俺は動揺しすぎて、語彙力が営業停止しかけた。学級委員長が俺に興味を持ってくれている、だと!?


「引っ張ってしまっては血が出てしまいます。そのまま指を出してください」


 学級委員長は俺の指に絆創膏を巻いた。

 もしも左手の薬指だったら、俺の心臓は機能を終えていた。周りのヤジも一際ひどくなっていただろう。吐血しかけた胸を撫で下ろしていると、学級委員長は俺に囁いた。


「私の勝手ですからお礼はいりません。ですが、もし酒向くんがよろしければ。萬屋さんと名前を呼んでいただけますか?」


 上目遣いのお願いに、あわや鼻から赤い噴水が出そうになった。ささくれで致命傷を負うなんて、親からは教えられてないぞ。

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それも立派な軽傷です 羽間慧 @hazamakei

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