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亜夷舞モコ/えず
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木の表面を「∧」とささくれ立たせ、クマゼミは卵を産み付ける。木の表面に、木製のドアに、木であればあらゆるところに。
学校の裏手、ひと際太い木。
太い木の半分ほどの面積を閉め、巨大なささくれは存在している。
夏の終わりにそれはあって、秋の始まりに誰かが気づいた。ある人は中を覗いてみたというが、本当かどうかは分からない。中には巨大な卵がちゃんとあったという。
覗いたという誰かは、結局誰だったのかと調べてみたが分からずじまい。いや、でも覗いた人間というのは確かに存在していたようで、いつの間にかいなくなっていたのでは……なんて噂もある。真冬の、空席がいつの間にか出来ていた教室で、友人は僕を怖がらせるように言っていた。
「そんなわけないだろう」
でも、確かに僕の隣の席には誰かがいたような気がするのは、新学期のクラス替えの生ではないように思うし、僕を怖がらせるような話をしていた誰かの顔が、今はもう分からなくなっている。
あれは本当に誰だったんだろう。
木についたさかさまのⅤの字を、不安げに眺めながら思う。傷の中に、何かが着けたささくれの中に、本当は何があったんだろう。
覗いてみれば解決するんだろうか。
季節は変わり再び夏になる。
無数のセミの声の中で、僕は自分と他との境界すら分からなくなる。夏の空気に、自分まで溶けていく。体温に近い気温の中で、僕の鼓動や息遣いまでセミの声に溶けて――
「ちがう。そうじゃない」
気づけば、街の人間たちが学校の裏に集まってきている。誰もがじっと木の傷を眺めているだけ。何もせずにただ眺めている。
今は何月だった?
いつからここにいるだろう。
誰もが不安だった。
一人が木に駆け出す。
不安の闇に耐え切れずに、皆が走り出していく。木の傷の中に、飛び込むように一人、また一人と。
消えてしまえば楽になるのか?
けれど、僕はただ木を見つめているしかなかった。一人ひとり消えていく、どこかの季節の合間に、じっと座っているしかなかった。
木のささくれは、何も変わらずにそこにある。大きくなるでも、小さくなるでもなくずっと変わらない。
セミの声がいつまでも鳴り響いたまま。
∧ 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo
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