第2話 Write & Play
※ 第1話の分量が長すぎたので第2話と分割しました。既読の方はごめんなさい。
「う~、眠い。寒い。辛い。おうち帰りたい」
私は、ビル街を震えながら歩いていた。終電の時間が近い。
う~、リーダーめ、面倒なバグを全部私に押し付けやがってぇ……。
中堅システム会社に勤めて、3年、そろそろ転職を考えていいころかもしれない。
私、佐々ゆうきはそんなことを考えながら、SNSの更新をチェックしながら帰路を急いでいた。
一つのPRが目に留まり、私は思わず立ち止まる。目の前の信号が青の点滅になった。
――――
あの、究極に自由なRPG『
『
更に強化されたキャラの個性を彩る【特性】
そして、終わらない冒険が君を待つ!
――――
『Write & Play』は同名のPBWから進化したオンラインRPGである。
シナリオやNPCを自由に投稿できることから、無限にシナリオが追加されるRPGとして、人気があった。
……『あの日』までは。
胸のむかつきを覚えて、私はハンカチで口を押えた。
楽しみ!
待ってました!
マキナちゃんは!?マキナちゃんは出るんですよね!!??
もう見るな。私は拒絶する。だが、指は勝手に、PRのポストについたリプをスクロールしていた。信号は赤になった。
ささくれ帰ってくる?
笹虐再開www
↑ヤメロ! またサ終させる気か!
ささくれ帰ってこなきゃいいんだけど……
熱いものがのどからこみあげてくる。
私は、我慢できずに、胃の内容物を排水溝に吐こうとして路肩に走った。
「痛っ……」
支えにつかんだ道路標識のペンキのささくれが指に刺さった。
思わず手をかばう私、さらに、間の悪いことに、就活から履き続けていたヒールがここにきて折れた。体勢を崩して、私は車道に飛び出す。わき見運転のトラックのライトが目の前に迫った。
え? 私、死ぬ?
そう思った瞬間、私の意識は数年前に飛んでいた。
――――
当時の私は『Write & Play』にドはまりしていた。
睡眠と食事と学校行っている時間以外はずっと、『Write & Play』のシナリオを作っているか、シナリオを遊んでいるかだった。
ただ、その日の私はちょっとささくれていた。
なんだかむしゃくしゃして、NPCとして、残念な子を作った。
能力値もほぼ下限値。
成長性はほぼなし。
特技は早口、以上。
【特性】は【ささくれた心】。めちゃくちゃささくれに刺さる。これを考えて、私はめちゃくちゃ笑った。なんだそれって。
ただ、それだけだとあまりにかわいそうだから、敵にも刺さるようにした。
見た目はほとんど私。嘘。ちょっとばかり美少女にした。
そこまで設定して、泣けてきて、私は更に設定を追記した。
陰気だけど、健気で、勇気があって、諦めない。
意地悪なように見えて、いつも人を気遣っている。
(でもそれが裏目に出ることも多い)
おばあちゃんっ子。
名前は、えっと、ささくれちゃん。
……はそのまますぎるので、ササ・クレアちゃん。
私と同じ苗字だ。
頑張って生きろよ。ささくれちゃん。
私は軽い気持ちで、『Write & Play』にささくれちゃんを作り出した。
私は、シナリオの中で、ささくれちゃんの残念さをいじったり、ささくれちゃんの健気さに勇気づけられたりした。
ささくれちゃんが頑張りすぎて、禁忌に手を染め、世界を征服するシナリオも書いたっけ……。最後、クリア条件を満たせなかった場合は、公式NPCのマキナちゃんがやってきて、敵を全部倒して、ささくれちゃんが土下座で謝って許してもらう。みたいなひどいシナリオだった。
ちょいちょい、私のフォロワーさんが、ささくれちゃんがヒロインのシナリオを作って和ませてくれたっけ。
ところで、『Write & Play』には、公式GMがいる。
公式GMはオーディン、フレイヤなど北欧神話の神様のプレイヤーネームでゲームをプレイするとともに、
フォロワーさんのシナリオがルートシナリオに採用されるにあたり、ささくれちゃんは公式NPCに格上げされた。
しばらくは、平和だった。
相変わらず、ささくれちゃんは残念だったが、健気で、頑張り屋だった。
シナリオの中でも愛されていた。
いつからだろう。空気が変わったのは。
ささくれちゃんの残念さをいじるシナリオが増え始めた。
最初は笑っていたけれど、その数が増え、年齢制限サーバでは、本当に本当にひどいことをされるシナリオも出てきたらしい。(らしい。というのは、私はまだ年齢制限サーバに入れなかったからである)
私は困惑した。悲しかった。
ささくれちゃんはそんな嫌な奴じゃないよ。ささくれちゃんはそんなすぐに諦める子じゃないよ。私は、コミュニティで主張したし、シナリオも書いた。
ルートになったシナリオもある。
でも、ささくれちゃん虐め。通称「笹虐」は終わらなかった。
そんな中、公式GMのロキが、突然ささくれちゃんについて発言した。
”ささくれた心” ササ・クレア ニ 隠シ特性 ヲ 設定シマシタ ヨ!
ワタシ ハ キミタチ ヲ 信ジテイマス!
ロキは元の神話の通り、トリッキーなGMだ。
バランスをとるように調整するほかのGMとは違い、プレイヤーを困らせたり、笑わせたりすることに特化した動きをしていた。ほかのGMとはあえて連携していないという説もあった。
ロキがささくれちゃんに設定した隠し特性とは、公式GMだけが設定できるステータスに表示されない【特性】のことだ。当然、「笹虐」界隈は色めきだった。
もうそこから先は地獄だった。
ささくれちゃんがひどい目に合わない日はなかった。
そういうシナリオに参加しなければいいだけと言われ続けたが、私は精神に不調を来して、『Write & Play』をプレイしない日が多くなっていった。
だが、本当の地獄は、まだ底があった。
その日は、フォロワーさんがシナリオを作ってくれたというので、久しぶりに『Write & Play』をプレイしていた。
画面に突然ピエロのアイコンが現れた。ロキがいつも使うアイコンだった。
”ささくれた心” ササ・クレア ノ 破滅回数 ガ 1,000,000回 ヲ 超エマシタ
隠シ特性 【
Congratulation!!
赤い風船が画面を覆い、弾けた。
そして、『Write & Play』の世界は、ささくれた。
すべてのキャラクターへの【ささくれた心】の特性追加。
すべてのエネミーへの【ささくれた心】の特性追加。
すべてのログはささくれに刺さったリアクションで流れた。
ささくれちゃんに対する怨嗟の声もささくれに刺さったリアクションで流れた。
ささくれにささった怨嗟に渦巻く「笹虐」界隈にざまぁと思った。
ささくれちゃんはこんな苦しみの中で頑張ってたんだ。
私はフォロワーさんとのパーティーを解散すると、サイショの町の神殿を訪れた。
ここには公式NPCに昇格したささくれちゃんの定位置だった。
だが、そこに、ささくれちゃんはいなかった。
バグかな? と思った。
町の中を探し回った。私の自キャラの肩幅の広いマッチョマンはやたらとささくれに刺さったけれど、どこにもささくれちゃんはいなかった。
ささくれちゃんが出てくるソロシナリオをプレイしてみた。
ささくれちゃんは別の公式NPCに置き換えられていた。
ささくれちゃん、辛かったよね。悲しかったよね。
でも、きっとこれからはささくれちゃんが、健気に頑張ってきたことを評価してくれるよ。きっとそれがロキの狙いだったんだよ。
そう言って、ささくれちゃんを抱きしめたかった。
でも、『Write & Play』の世界に、もうささくれちゃんはいなかった。
【
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
私の叫びは、どこにも届かなかった。
許せなかった。ロキが、ささくれちゃんを弄んだ奴らが、そして、なにより、自分が。
私が、ささくれちゃんを助けなきゃいけなかったのに……。
私の心には、深く深くささくれが刺さった。
そして、それは今も、刺さり続けている。
――――
「あれ? 生きてる?」
私、佐々ゆうきは涙でぐずぐずになりながら目を覚ました。
ゲロは? 大丈夫、服にはかかってない。
ていうか、ここ、どこ?
床はふわふわしているし、一面、雲の上のようだ。
どうにも見覚えがある気がする。
「目覚めましたか? SaSaBrave」
「うわぁ!!」
いきなり、ハンドルネームで呼ぶな!! 振り返ると、リンゴの木の下に女神様としか形容できない女性が立っていた。って、このハンドルネーム、学生の時のだし、この風景は『Write & Play』で見覚えがある。ということは……。
「えっと、フレイヤさん?」
「はい」
え、ちょっと待って、これ、今はやりの異世界転生とかいうやつ? でも、『Write & Play』って、2が今度出るんじゃないの? それに、この世界には、ささくれちゃんは……もう……。
「SaSaBraveはササ・クレアを助けたいのですね」
え、口に出してた? 心読まれてる? 私。
「心を読んでいます。その方が早いので」
雑! 雑に心読まれてる。 私! だったら、ハンドルネームやめて。恥ずかしいから!!
「では、ワーラ・ウカドと……」
そっちじゃねえええええええ!! いや、彼がメインキャラだけど、私好みに作った肩幅お化けマッチョだから。私と彼を同一視されるのは辛い!
「では、どのように呼びましょうか?」
本名で! 佐々さんでお願いします!
「では……佐々さん、あなたに、”ささくれた心”ササ・クレアを救ってほしいのです」
え、救うって言ったって、ささくれちゃんは、ロキの【隠し特性】で……。
「はい、ですが、今なら間に合います」
今? いや、だから、もうささくれちゃんは……。
「お見せしたほうが早いですね」
フレイヤが足元の雲を撫でると、雲の一部が透けた。
サイショの町の全景が見えて、私はしゃがんでそれをのぞき込む。
フレイヤがタブレットのように雲を撫でると、画面がズームする。
長ーい黒髪にだぼだぼのローブ。空を泣きそうな目で見上げている女の子がいる。
いや、私はこの子を知っている。
消滅してしまった。私の大事なささくれちゃん!
だめだ、さっき、涙が枯れるまで泣いたと思ったのに、また涙があふれてきた。
ささくれちゃんはしばらく空を見上げていたが、下を向いてごそごそやり始めた。
あ、財布落とした。あれはかなり下水に飲まれたな。
町ではコロシアムで戦わせるデス・バッファローの準備をしている。。。ということは?
「「シーズン3 新たなる地平」」
私とフレイヤの声がハモった。
この時間軸は、ささくれちゃんが公式NPCに昇格した最初のシーズン。
たしか、デス・バッファローにささくれちゃんが撥ねられるシナリオがあったはず……。なんでさ……。
「
「ここが、ササ・クレアの最初の破滅です」
え? どういうこと? 話についていけてない。
「もう時間がありません……」
ちょっと、ストップ。待って?
「佐々さん、ササ・クレアを破滅から救い、ライタンプレイに平和を」
あー、テンプレ読み始めたよ~。
しかし、よくこんなにサって噛まずに言えるな!
「プロですから」
プロなの!? プロ声優なの!? いや、そういう声帯なのは知ってるけれども!
って、そういう話は良くて!!
「佐々さん、早くしないと……」
あー、もう、ささくれちゃんが、デス・バッファローの群れに向かって行っちゃってる~~~~~!!!
で、私はどうしたらいいの? どうしたらささくれちゃんを助けられるの??
それだけ早く教えて!!
「公式NPCの一人に佐々さんを転生させます。その力で、ササ・クレアを救ってください 選べる公式NPCはササ・クレア以外の……」
そういうことなら、一択だ!
あらゆるシナリオを都合よく終わらせることのできるデアエクスマキナ、最古にして最強にして最終の冒険者を、私はよーく知っている!
「『”
「わかりました」
いや、まだ、聞きたいことはたくさんあるんだけど~~~!!
フレイヤが大きく手を広げるともに、私の身体は炎に包まれて消え失せた。
熱さも痛みもない。
私が消え去ってもなお大きく燃え上がる炎から、地上に向けて一直線に新しい私は降下した。
「助けに来たよ! ささくれちゃん!」
私は、ささくれちゃんの隣に立って言う。
今度こそ、助けてみせる。
これはささくれを抜くための冒険譚。
ハズレ特性【ささくれた心】持ちの呪術師はなぜかちやほやされる 黒猫夜 @kuronekonight
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