ハズレ特性【ささくれた心】持ちの呪術師はなぜかちやほやされる

黒猫夜

第1話 ささくれ呪術師と終端の騎士

※ 第1話の分量が長すぎたので第2話と分割しました。既読の方はごめんなさい。


「ほんっとうに、悪いんだが、パーティー抜けてくれるか? パーティー都合にするから!」


 ああ、私にしては長く持ってるな~とは思っていたんですよ。

 そうですよね~。今月から入った新人の子の方が圧倒的に強いですもんね~。

 いや、本当に、リーダーさんも、よく私のようなクソ雑魚呪術師カースキャスター雇い続けてるな~とは思っていたんですよ……。


 ひゃいはい、とクソ雑魚呪術師(私)は小さく答えて、パンパンに腫れた手で、リーダーさんから追放パーティー都合脱退票を受け取った。


【追放票】

 追放日:光臨歴1999年トールの月30日

 パーティーリーダー:”寛大なる幅広剣ブロードソード・オブ・ブロードハート”ワーラ・ウカド(剣士ソードマン

 追放者:”ささくれた心”ササ・クレア(呪術師カースキャスター

 追放理由:戦闘スタイルの不一致により


 う~ん、このぴらぴらの感触、何回目かな~。私は追放票を指先でつまみながら、遊ばせる。これで、受け取った追放票は73、いや、72かな。

 自己都合脱退しろとパワハラしてきたクソ野郎のことを思い出して泣けてきた……。あんときは怖かったなあ……。

 ――まあ、そいつには後日、それは求めるがゆえ手に入らず呪術術式:レアドロ率低下を仕返しにかけてやったんだけど……。


 しかし、ウカドさん、超優しい。人間できてる。できすぎてる。さすがサイショの町冒険者ギルド一、肩幅と心が広い男。

「追放理由:戦闘スタイルの不一致により」

 要は戦力外通告なのに、こんなにオブラートにくるんだ表現は初めてだ。たいていは、「弱いから」「役に立たないから」「陰気だから」「声が小さいから」「杖を磨きすぎだから」とか、ストライクコースど真ん中で私の心をえぐってくる。いや、別に杖は磨いてていいだろ。こっちは死活問題なんだ!


ドン!


 うっかり身体が動いて椅子の背もたれを軽く殴ってしまった。

 掌の小指側に微妙な痛みが走る。


 だ。


――――


 ここは、剣と魔法の世界『ライタンプレイ』

 この世界では、長きにわたり、人類と魔物とのいつ終わるともわからない戦いが繰り広げられていた。

 魔物と戦えるのは神からの贈り物【特性】を持つ者のみ。

【特性】を持ち魔物と戦う者たちのことを、人はみな、『冒険者』と呼んだ。


――――


 とまあ、これは、この世界の人ならだれでも知ってる常識である。

 私の特性は【ささくれた心】(響きだけならちょっとカッコいい)

 効果は、以下の通りだ。



【ささくれた心】

 ○常時効果 効果対象:自身

 効果:対象に特殊状態[ささくれの呪い](ささくれに異常に刺さりやすくなる)を付与する。

 ◎自動起動効果 効果対象:攻撃対象

 効果:攻撃時、対象に50%の確率で[ささくれの呪い](1日)を付与する。



 どうしろっていうんだよ!?

 どこかに触るたびにささくれに刺さる。毎日ピカピカに磨いている杖にもちょいちょい刺さる。ブルータスお前もか!

 魔物にかかるとちょっと嫌な顔はされるよ。ダメージないけど。そりゃささくれだもん。

 でもな~。【特性】あるのに、冒険者しないのもな~。

 少なくとも魔物に蹂躙されるだけの一般人ではない以上、お仕事しないのも申し訳ない……。冒険者は万年人不足なのだ。まあ、だから私でも冒険者やってられるんだけどさ~。

 でも、正直、ほかのみんなの【特性】がうらやましい。ウカドさんの【特性】なんてこれだよ?



寛大なる幅広剣ブロードソード・オブ・ブロードハート

 ○常時効果 効果対象:自身

 効果:肩幅と心が広いほど、幅広剣の技量補正、攻撃力、受け値にボーナス。



 あ~、よくわかんないけど、弱くはない。ていうか、強い。幅広剣でゴーレムのパンチ受けて立ってた時はマジかって思った。


 あ~、おばあちゃんは自己啓発本片手に、置かれた場所で咲きなさい、とか言ってたけどさ~。現実は厳しいよ~。塩の上では花は咲かないよ~。


「……クレアさん? 大丈夫ですか?」

「にょわっ!? いえいえいえいえ、大丈夫です~ 驚かせちゃったかな。 ごめんね。 ちょっと、手、ぶつかっちゃって~。 って、これは、別に追放されて怒っているとかそういうわけではなくて、ちょっ、ちょっと、ふらついただけなんでぇ……」


 新人の魔術師ソーサラーちゃんが、追放票を手に椅子を殴って立ち尽くしている(ように見える)私を心配して声をかけてきて、私は相棒の杖と追放票をお手玉しそうになりながら、得意の高速早口で弁解した。


 そ、それならよかったです、と戸惑いながら笑顔を向けてくる魔術師ちゃん。ごめん。まだ名前覚えてないや。色白いな。まつ毛長いな。編んでいる長い髪からいい香りするし……。特性【髪は魔女の嗜み】だっけ……、髪が長ければ長いほど、魔力上限と魔力自然回復量、魔法威力アップ……。髪、私の方が長いんだけどね……。これ、魔力増えないんだわ……。


 今回のパーティーはいい人ばかりだった。私が嫌な奴になる前にここを立ち去ろう。


おしゃわにゃなりました~お世話になりました

「あ、クレアさん、ちょっと、いいかな」


 これ以上の面倒事はごめん!と、大きくお辞儀をして、酒場を出ようと踏み出した私を、リーダー(元リーダー? いや、追放されたのは私だから向こうは相変わらずリーダーか。あっはっは~)のウカドさんが止める。

 え、何、私またなんかやっちゃいましたか?


「これ、癒しの軟膏、よかったら使って?」


 私のパンパンの手を見てワーラさんが小さい瓶に入った薬をくれる。やっぱり優しい。人間ができてる。角刈りマッチョメンがタイプだったら、惚れてたかもしれない……。涙がこぼれそうになる。


「あ、あざしゅありがとうございます


 私は瓶を受け取ると、そそくさとその場を後にした。

 休職手当の申請と、次のパーティー探し、とりあえずギルドに行かねば。


「こ、これ、仕返しに呪われたりしない……ですよね?」


 酒場のドアを出た瞬間に聞こえてしまった魔術師ちゃんの声は聞かなかったことにする……。


――――


 酒場を出て、ギルドで手続きを済ませて手持無沙汰になった私は、サイショの町を歩いていた。


 ここ、サイショは、王城にも近く、周りの魔物も弱い。私の生まれ故郷であり、冒険者になってからも一番長く滞在している町である。町は大きな壁で囲まれていて、その中心にある女神の神殿に向かって、道路が伸びている。道路は全て石畳が引かれていて、大きな道路は馬車の往来も可能だ。

 大きな施設と言えば円形闘技場コロッセオがある。おばあちゃんに何度か連れて行ってもらったっけ。なんか怖い思いをしたのはぼんやりと覚えている。


 72回目の追放か~。いや、73回目だっけ。もう数えなくていい気がする。

 次のパーティーはどんな人かな。そもそも、次のパーティーがあるのかな……。

 いやいやいや、ネガティブ思考ダメ絶対。

 心が内に向かったときは上を向け、おばあちゃんが言っていた。

 言いつけ通りに空を仰ぐ。


 空は青いし、雲は白い。

 町の目抜き通りは今日もいつも通りの活況で喧騒を伝えてくる。

 それなのに、私は……。

 あれ? 雲の中に誰かいる?

 それに、輪郭がにじんでぼやけてきたよ……。

 なんだろ……。目がおかしくなったのかな?

 鼻の奥がジンと痛くなってきて、私はうつむいて顔をぬぐった。


 と、とりあえず、今日の寝床を探そうか。いくらあったかな~。


 ……ぎゃんっ!!


 お財布を取り出そうと懐に手を突っ込んだその瞬間、どこかでくっついてきたささくれが爪と指の間に刺さって私は、声にならない悲鳴を上げた。


 その拍子にポケットからお財布が落っこちて、さらに運悪く中の硬貨を石畳にばらまいて、さらに運の悪いことに、その大半は下水道に落ちていった……。

 あの、私、また、なんかやっちゃいましたかねぇえええ!!!


 サイショの地下の遺構を利用されて作られた下水道は水深も深く、水の流れも複雑だ。落ちたお金はもはや回収不能である。

 残ったお金をしょぼしょぼと集めると、ささくれがくっついていないかを確かめて、お財布を懐にしまった。軽い。

 お財布くん、君も空っぽなんだね。私も空っぽだよ。

 今日の宿は……神殿に泊めてもらえばいいかな……。

 泣いてない、泣いてないよ。でも、ちょっと寒いから、私は長い髪で表情を隠して歩いた。通りかかった人がぎょっとしていたけど気にしない……。


 目的もなく歩いていると、いつも買い出しに使っている市場に来ていた……。

 市場は今日もにぎわっている。私は黒髪お化けである。


「あ、ささくれ! またクビになった?」

「クビだよ。 ちくしょう。 呪うぞ。 クソガキ」

「うわー、ささくれにされる~」

「ささくれにはならねぇよ?!」


 飯屋の店の前で呼び込みをしていた坊主頭がいつも通りからかってきた。

 杖を振りかざしたら、笑いながら逃げていく。

 思わず笑いが出た。

 ……大丈夫だ。私はまだ、冒険者として、頑張れる。


 ――――


「全てを破壊し突き進むデス・バッファローが逃げたぞ~!!」


 市場のベンチで手に軟膏を擦りこんでいると、あたりがやおら騒がしくなった。

 どうやらコロッセオの見世物のために捕まえていた魔物が逃げたようだ。

 まだいたのか。人気だからな。とか、口々に言いながら市場の人たちは売り物を片づけ、屋内へと避難を始める。私もどこかの家に避難させてもらおうかな~。とかあたりを見渡して、気づいた。飯屋の坊主頭クソガキが逃げていった方向って……。嫌な汗が背中をつたう。


 私の脚は自然に、町の人とは逆に向かっていた。


 いやいや、大丈夫だって、でも、もしかしたら……。


「お前が行って何になるんだよ……」私を追放した誰かの声が私の胸の中で嘲る。


「足手まといなんだよ!」別の誰かの声が私を罵る。


「ささくれちゃんは後ろに下がって何もしないで!」ああ、うるさいなあ。


 冒険者にしか、魔物は倒せない。


 たとえ全く役に立たない【特性】しかなかったからって、私は冒険者だ。


「冒険者です! 通してください!」


 私は顔を上げて、杖を取り出した。おばあちゃんが、行けって言った気がした。


 初級浮遊魔術を発動すると、石畳を軽くついて飛び上がる。杖のささくれが刺さるけど気にしない。人が逃げてくる方向へと私は飛んだ。

 市場のテントをトランポリンにして、向こうの壁へ、壁を蹴ってあちらの壁へ、私の魔術じゃ速度は出ないけど、これなら……。屋根や壁のささくれにだぶだぶの黒ローブと肌を切り裂かれながら、人の波を抜け、私は目抜き通りへと出た!


 こちらへと向かってくる全てを破壊し突き進むデス・バッファローの群れ!

 ほとんどの人は避難しているが、まだ逃げ遅れた人がいる!


 その中にあの坊主頭クソガキもいた!

 ああ、バカ。逃げ遅れた赤ちゃん拾って、お前が逃げ遅れてんじゃねえぞ!

 ちょうどよいところに張られていた洗濯紐で反動をつけると私は逃げ遅れた人たちの元へと飛ぶ。


「つっ! あ、しまっ……」


 と、杖のささくれに集中を乱され、私は空中に投げ出された。

 ちょうどデスバッファローと坊主頭の間の石畳に無様に転がる。

 頭とお腹は守ったけれど、両腕と両膝が燃えるように痛い。

 おそらくローブもぼろぼろだろう。

 やっぱ、ザコザコだ……。私。


 背後に迫るデス・バッファローの群れ。転倒した私。逃げ遅れたクソガキ。


 あ~、これ、走馬灯が流れる奴~。私も一度は、冒険者としてダンジョンを踏破してみたかったな~。行ったことない街にも行きたかった。恋もしたかったな~。


 って、惚けてるんじゃない。私!

 走馬灯のために圧縮された時間で私は思考する。


 デス・バッファロー、モンスターランク4。

 特性【全てを破壊し突き進むバッファローの群れ】により、ノックバック無効、その突進攻撃はガード不可。名前の通り、あらゆるものを粉砕する。おい、誰だこんなのコロッセオの見世物にしようとしたやつ!!!


 ろくな攻撃魔法のない呪術師カースキャスターの私の持ち札では、こいつを突進前に削りきることはできそうにない。効くんなら、ノックバックで押し返すとか、防御魔術でガードしたりとか、からめ手はないことはないんだけどな~。


 ああ、うん。一人だけ助かる方法なら思いついたよ。

 やっぱり最低だな。私。


「クソガキぃぃいいいい! こっち向いて、赤ちゃんしっかり抱いてろぉおおおお!!」

「え、わ、わかった。ささくれ……」


 え、私、こんな大きい声出たんだ。びっくり。坊主頭もちょっと引いてるし。

 デス・バッファローの足音はもう私の背中のあたりまで来ていた。時間がない。


集中せよ倍加術式集中せよ倍加術式集中せよ倍加術式集中せよ倍加術式疾く下がれ下郎呪術術式:ノックバック」」」」


 私は早口高速言語で限界まで集中したノックバックの呪いをクソガキに放った。


「え、おい、ささくれぇぇぇぇぇ~~~~!」


 おお、ドップラー効果。

 ノックバックの効果により、クソガキは石畳の上を後方、つまりは、デスバッファローから遠ざかる向きに25mほど高速でスライドし、悲鳴が遠ざかっていく。呪術の対象はクソガキなので、むち打ちやケガの心配もなし。心配していた赤ちゃんもあいつがしっかり抱えていたおかげで無事みたい。そして、私の大声に振り向いたおっさんがクソガキをナイスキャッチ。いやー、あいつ、ついてるわ~。


「ささくれー!!! って、痛って、ささくれ刺さった!?」


 あ、[ささくれの呪い]は入ったらしい。前言撤回、50%なのに運がないやつだな~。1日、私の不幸を味わうがいい。


 まあ、私はここで終わりみたいだけど……。

 もはや、自分がすでにミンチにされているんじゃないかというほど肉薄したバッファローの足音に私は意識を手放そうとしていた。


「助けに来たよ! ささくれちゃん!」


 あれ、天使様かな。私みたいなのでも、ちゃんとお迎えに来てくれるんだな~。

 空が急に明るくなり、私を呼ぶ力強い声が聞こえる。

 私は薄目を開けて天を見上げた。


 次の瞬間、閃光がはじけ、私の真横に一人の少女が降り立った。

 炎の赤を写し取ったかのような赤い髪に、流線的なラインの白銀のポイントアーマー、金の鷲獅子の意匠をあしらった焔の剣。

 この格好、私は知っている。おばあちゃんに聞いたことがある。最古にして最強にして最終の冒険者、全てを終わらせる者。


 赤髪の少女の構えた焔の剣とデス・バッファローが激突し、閃光と轟音と衝撃波があたりを襲った。


「私は、っと……マキナ。”終端の騎士ナイト・オブ・ターミナル”マキナ」

「え? は? え?」


 片手でデス・バッファローの群れを受け止めながら、彼女は言った。

 え? ガー不ガード不能は? なにこれ? チート?

 衝撃を完全に跳ね返されたデス・バッファローの群れはその衝撃に耐えられず、塵となって崩れ去っていく。

 そして、同じ衝撃を近くで浴びたはずの私は無傷――といってもすでに無傷じゃなかったんだけど――。マキナの力なのか、私を守るように展開されていたバリアがシャボン玉がはじけるように消えた。


「よろしくね。クレア!」

「はい~~~?」


 これが、クソ雑魚呪術師であるところの私と、終端の騎士様の出会いだった。


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