ささくれ

月猫

日常

「坂下さん、トイレ行きましょうか?」

「……トイレ?」

「はい。私と一緒にトイレ行きましょう」

「……うん」

「足、黒い所に乗せましたか?」

「うん」


 床に着いていた両足が、フットサポートに乗ったことを確認してから車いすをゆっくりと押す。


『坂下さんの次は、堤さんと、それから鈴木さんかぁ』

 そんなことを考えながら、坂下さんをトイレへと誘導。手すりがある方のトイレに車いすを入れ、カーテンを閉める。


「は~い、坂下さん。手すりにつかまって立ちますよ。そうしたら、お尻を便座の方へ向けますよ。はい、ズボン降ろしますね~。はい、座りましょう。うん、パットは汚れていないですね。坂下さん、終わったらこのボタン押して教えて下さいね」


 尿失禁が無いことを確認し、排尿後にコールボタンを押すようお願いをする。それから坂下さんが用を足している間に、私はビニール手袋を外し手を洗った。


「痛っ! ささくれ酷くなってるなぁ~」

 自分の指先をチラッと見て、今度は堤さんの席へと向かう。

 ポケットから新しいビニール手袋を出しながら……


『堤さんは自立して歩けるけれど、立ったまま用を足してズボンまで汚れちゃうから注意しなきゃ』

 

「堤さ~ん。トイレ行きません?」

「……行かない」

『そうきたか』


「一緒にトイレ行きませんか? ねっ!」

「……う~ん」

 渋々と立ち上がる堤さんの右側に立ち、腕を組んでトイレへと誘導する。

 自立しているので、手すりのついていないトイレでも大丈夫だ。


「堤さ~ん、カーテン閉めますね。座って、トイレしますよ。いいですか、立ったままじゃないです。座りますよ。今、ズボン降ろしますけれど、座ってから…… あぁ~~」


「ズボン汚れたから、今、持って来ます。リハパンも交換しますからね。座って待っていて下さいね」


 堤さんを便座に座らせ、着替えとリハビリパンツを取りに走る。

 その間に、坂下さんのトイレが終わったというコールが鳴った……


「先輩、坂下さんお願いします!」

 

 ささくれの痛みなんか、とっくに忘れている私がいた。





           完


 

 

  

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ささくれ 月猫 @tukitohositoneko

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