ケジーメ【KAC20244】
銀鏡 怜尚
ケジーメ
「会長! また、
会長と言えば聞こえは良いが、要はヤクザの組長だ。名は体を表すように、その昔は一夜で天を茜色に染め上げるくらい、ヤクザ抗争で大暴れしたものだ。
今や、そんなかつての威光も鳴りを潜め、零細団体に成り下がってしまっているが、組織は継続している。
そして、
そんな政が、
「どうした、言ってみろ!」
「すんません! 親父! キャバクラで手ぇ出した女が、
源は、金髪の頭を地面につけて土下座をして謝り倒している。
「何だと!?」
狼呀会は、この界隈ではかなり勢力が強く、縄張りの広い団体だ。この団体がその気になれば、茜天会は一夜で壊滅する。それでも、茜天会が
その努力を、この源が無駄にしたところか、会を絶体絶命の危機に晒したのだ。
「源! 覚悟はできてるんやろな!」
政はドスの利いた声で、源に対して鋭く睨みつける。
極道の世界では暗黙の了解。指詰めだ。そっと小刀を渡す。
「待て! 政よ」
「どうしたのですか? 会長」
「うちも以前とは違って零細団体になってしまったものよ。源も少しばかり血の気は多いが、有能な若衆の1人。仕事ができんようになっても困る。ここはひとつ……」
そう言うと、茜次郎はニッパーのようなものを取り出した。
「その金属の道具はなんですか?」
「極道勤務環境改善委員会の会長も務めているワシが考案した、極道専用ささくれカッター、その名も『
「会長! ささくれカッターなんて、冗談ですか? それでは、他の衆に示しがつきませんよ! それに1本エンコ詰めしたところで、仕事には支障は出んでしょう!?」
政は抗議する。この男は優秀だが、ちょっと昔ながらの考え方に囚われる傾向がある。
「ワシは、エンコ詰めはもう今のヤクザ界にはそぐわないと思うとる。特に若いヒューマンリソースをちゃんと獲得するにはな?」
「会長!」政はまだ納得していないようだ。
「それに、仕事だって大いに支障が出るだろう? どうだ? 小指を1本詰めただけで、タイピングしにくくなる。そうしたら『カケヤヨメヤ』の執筆に影響が出よう」
「そ、それは……!」
実は、茜次郎には裏の顔があった。ゴリゴリの恋愛モノを専門とするWEB作家、ペンネーム『
特に女子高生の感情の機微を繊細な筆致で表現したラブ・ストーリーを得意とする。WEB小説投稿サイト『カケヤヨメヤ』界では、絶大な人気を誇っていた。評価を表す★の数は、どの作品も1,000をゆうに超える。
もちろん、裏の顔は極秘……のはずだった。しかし、そう思っていたのは茜次郎だけで、実は構成員には周知の事実であるどころか、構成員の中に愛読者が続出し、中には天空アカネに憧れて、『カケヤヨメヤ』に自作恋愛小説を書く輩まで現れた。
そして
なお、茜次郎以外の構成員が★の数で天空アカネの作品に勝つことはタブーとされる。だが、天空アカネの★の数は群を抜いているため、今のところ、それで『けじめ』案件となった者はいない。
「源よ。新作連載のヒロイン。あれは狼呀会若頭の女がモデルか?」
「は、はい……」
「ヒロインの指の描写にささくれがあったな。ワシの考案した『
「は、はい! その女ですが、顔も身体も最高なのに、ささくれがひどいのが残念で、本人も悩んでおりました!」
「じゃ、さっそく、『
「はい! 親父、ありがとうございます!」
指詰めの難を逃れた源は喜び、対照的に政は、
翌日のこと。
「例の狼呀会ですが、今回の件は、『
どうやら、狼呀会若頭の女は、コンプレックスだったささくれが、あっという間に見違えるほど綺麗になり、ネイルも
これも、実は、日頃から、『天空アカネ』こと茜次郎が女子高生の美容アイテムにアンテナを張っていたからなし得たのだ。
こうして、絶体絶命だった茜天会は、茜次郎の機転により、平穏を取り戻したのだった。
ケジーメ【KAC20244】 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet
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