第22話:アホな決意と冷徹天使のプロローグ

 自分で沸かした一番風呂に浸かりながら、俺はゆっくりと溜め息を吐いた。

 今日は本当に大変な一日だったな……いや、ほんと。

 考えをまとめるためにより水の中に深く沈んでみるも、いつもは落ち着く風呂の中でまったく落ち着けない。


「…………はぁ」


 とりあえず現実を飲み込めない俺はもう一回息を吐き、ゆっくりと深呼吸。

 今日の衝撃体験の後、学校は問題なく終わり妹である文乃と優と一緒に帰宅して途中で別れて今に至るって感じ。


「……あの優が、文月優が美少女に」


 言葉にしても意味は分からないが、もうそれはどうしようもない事実なんだ。

 漫画の中の彼の姿と一日中見ていた彼女の姿の乖離に俺の脳は限界だったが、飲み込まなくてはやっていけない。


「昔遊んだって言ってたけど、あの子はどう見ても糞ガキだったし」


 俺も相当な馬鹿ガキだったが、あの時遊んでいた子も子で酷かったのを覚えている。病院内を駆け回り、悪戯して、挙げ句の果てに真冬の池にダイブ――まぁ落ちたのは俺だが、思い出してみたらかなり酷いな。


「あぁぁぁぁ、ほんと……どうしよ」


 これから先原作は確実に崩壊する……いやもう崩壊している以上、俺の知識なんて一切役に立たない。これから起こる問題達に対処できるかという話もあるが、何よりこの世界のハーレム作品。

 文乃と綾花を含めたヒロイン達は一癖も二癖も抱えており、主人公が解決する流れだったが……それは優が男だから出来たこと。


「文乃を幸せにする事で精一杯な俺からしたら関わるのは無理……というか、既に結構関わっている気がするが……彼女達の事も考えると」


 俺の推しキャラは妹である如月文乃ただ一人なんだが、正直言えば皆好きなキャラだし笑顔でいる姿を見たい。でも、さっき言ったように俺は文乃で精一杯。


「ならどうすればいんだ?」


 ……ぽくぽくと考えを巡らせること数十分。

 のぼせてきて余計に考えがまとまらなくなってきたが、俺はいつも風呂に入って考えをまとめてきたのだ。きっとこの場所でしか得られない考えがあるはず……。


「待てよ……それなら」


 そんな時だった。

 長時間風呂に入っていたせいで考えがバグり始めた俺に天啓が降りてきた。

 それもこの状況を全てひっくり返せるような最強の天啓が。


「この漫画を百合漫画にすればいいんだ!」


 誰かが言っていた百合は最強と。

 つまり、皆を百合に堕とせばハッピーエンド。

 これだな、というかこれしかない。むしろこれ以外の答えがあるのだろうか? いや、ない。

 そして俺は皆がくっついたタイミングでフェードアウトすれば完璧。


「俺ってもしかしなくても天才かもしれん」


 なんか馬鹿みたいな事を言っている気がしなくもないが、それは許容範囲。

 そうと決まれば作戦の練り直しだ。

 これから先、どんな事になるかは分からない。


 妹が優に惚れるかもしれない、別に相手を見つけるかもしれない。

 だけど、俺には一貫しているモノがある。それは文乃の幸せ。そして何より彼女の恋の障害になること。


 目標は変わってしまった。だけど、新しくは出来たんだ。

 それなら絶対に達成してやる。

 新学期二日目それは原作開始の日、そして俺の目標が変わった日。

 あぁ、そうだ二度目の人生俺は絶対に見れなかったハッピーエンドを目にするのだ。そう、その為だったら何だってしてる。


 この命をかけてこのラブコメをエンディングを。 

そして、文乃にハッピーエンドを迎えて貰うんだ!


――――――

――――

――


 私、如月文乃の世界は白かった。

 何の不自由ない生活、両親から遺伝した圧倒的な才能、やろうと思えば出来てしまう技量――失った母親、その全てが私を空っぽにしたのを覚えている。

 そして十歳の頃には愛想笑いを覚えて、人形になることを徹していた。

 的確に適切にどんな言葉にちゃんと正しい答えを返す――だってそうすれば、誰にも嫌われないから。

 父親の自分を見る目が怖かった。出来た友達が離れていくのが嫌だった……そんな事があったから私は都合のいい子供を演じていたのに。


『空っぽ……お前、そんなんで楽しいのか?』


 その人は、私に空っぽだと言い中身を見抜いて容赦なくそう言った。

 聞けば父が再婚するらしくそんな事を言ったのは、少しだけ生まれたのが早いだけの兄になるらしい子供。最初は意味が分からなかった。そんなんで楽しい? どういう事だろう?


『……なんで、そんな事……聞くんですか?』


 少しの恐怖、誰にも見抜かれなかった中身が見られたような気がして怖かった。

 バレるかもしれない、また誰かに嫌われるかもしれない。それが嫌で、とても怖かった。怖くて久しぶりに誰かと目を合わせた時、気付いてしまった。


『……おんなじ?』 


 目の前の少年が、誰にも興味を持っていないことに。その時覚えたのは恐怖とかではなくて、言い表せない安心感。どうしてかそんな事を覚えて、改めて彼の顔を見てみれば――彼は目を見開いていた。そして何かを考えるように探るように沈黙して、笑ったのだ。


『なぁ、お前名前はなんて言うんだ?』

『如月……文乃』

『文乃か……え、文乃? それで如月?』


 今まで空っぽだったその人が、私の名前を聞いて取り乱した理由は分からないが……それは正直どうでもいい。


『――まぁいいや。とにかく文乃、何も考えずお兄ちゃんと遊ぼうぜ?』


 それが私に兄が出来た日……忘れられない大切な思い出、私を救ってくれた兄との記憶。

それ以来、私は兄が好きになった。我ならが単純だと思うが、母以外は見てくれなかった私を見てくれたのだから。

 花火大会で付けた火ははもう止まらない――兄様は嫌われたいと思ってるらしいが、優しすぎる彼はちぐはぐで可愛いらしい。


「これからは二人一緒です。覚悟してくださいね兄様」

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ラブコメ漫画の悪役義兄に転生してしまった俺が、天使な妹に幸せにされるまで 鬼怒藍落 @tawasigurimu

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