第21話:襲来原作主人公
新学期二日目、その日俺のクラスは転校生の話題で持ちきりになっていた。
教室はざわついており、誰も彼も落ち着いた様子がない。
「知ってる奴もいると思うが今日は転校生が来るぞ」
先生が来ることで始まるホームルーム。
文乃と原作主人公がやってくるという事実にちょっと緊張するも、俺はそういうキャラではないので、すぐに落ち着き待っていれば廊下から足音が聞こえてきた。
遂に来るのか……原作を読んでる事から性格とかは知ってるが、実際に会えばどんな印象を抱くか分からないし、何より妹を任せられるかも見極めないといけないな。
そんな事を思いながらも転校生が来る瞬間を待っていれば、遂に教室の扉が開き転校生である我が義妹と原作主人公が……。
「…………あれ文乃だけ?」
「もう一人は遅れてるのか。まあ、後で来るだろ。とりあえず如月自己紹介を頼めるか?」
「分かりました。如月文乃と申します。この度はこのクラスに所属することになりました。皆様、よろしくお願いします」
文乃らしい丁寧な挨拶。
相変わらず完璧だと思いながらも姿を見せない原作主人公を待っていると、廊下から足音が聞こえてきた。
「遅れてすいません」
「え、は……女子?」
「大丈夫か? とりあえず自己紹介を頼む」
記憶が戻って十年余り……人間というのは理解出来ない事が起こると硬直する生物という事を俺は知った。
先生に案内されカツカツと黒板に書かれていく名前を見て目眩を覚え、見覚えのある特徴的な髪色に混乱する。
今はただ目の前の現実を信じたくなくて、何よりツッコみたくて……どうしようもなく目を逸らしたい。
「分かった」
記憶通りの口調、忘れないようにしていた髪色。
目の前のそいつはこっちに向き直りゆっくりと口を開き始めた。
「……文月優。病気で今まで通えませんでした。短い間ですがよろしく頼みます」
無愛想な態度とは裏腹に礼儀正しく礼をしたその少女。
名前を見た時点で混乱していたが、実際に名前を聞くと余計に頭が痛くなる。
自らの理性が違うだろうと、おかしいよなとツッコミを入れ始めるが目の前の現実がそれを否定し、左右で違う目の色がその現実を後押ししてきた。
文月優――俺はその名前をずっと忘れないようにしていた。
昔から、それこそこうやって会う前からずっと。
だからこそこの現実が信じられなくて、あまりにも記憶の中の姿からかけ離れていて――。
「でだ二人とも、席は結構空いてるが……どこか好きな場所でもあるか?」
「ならあそこで頼む」
「私も兄様の隣で」
あそこ、隣で……それで指をさされたのは俺だった。
それだけで今の俺は体を跳ねさせ、動揺してしまうほどに弱かった。
出来れば気付かれたくなかったなと思いつつ顔を上げれば件の人物である彼女と視線が合ってしまう。
「その反応、如月の奴と知り合いか?」
「そんな感じです」
「私は妹ですので」
文乃はいいとして俺としては初対面の筈だから。知り合いではないと言いたかったがそう言える空気でもなく俺は沈黙することしか出来なかった。
普段一人で居る俺に知り合いがいたことが嬉しいのか担任様は機嫌を良くし、彼女の席を俺の横にと決めてしまった。ゆっくりと俺の元に歩いてくる灰色の髪をしたオッドアイの美少女。
当たり前だが女子生徒用の制服に身を包んだ彼女。
その姿と記憶の中の彼の姿が衝突し頭の中には猫が浮かぶ。
「六年ぶりだな燐」
「…………久し……ぶり?」
もはや機械の様な反応しか返せない俺は止まぬ頭痛に襲われながらも、猫に意識を割いている暇などないので、ひとまず目の前の現実を受け止める事にして乾いた笑みしか浮かべることが出来なかった。
――【四大天使の鎖の先に】それが俺が転生したラブコメ漫画のタイトルだ。今時珍しいハーレム物のラブコメで出た時期が時期のおかげか妙に気になりその後ドハマリしたのを今も覚えている。
「……兄様、朝からずっとぼけっとしていますがどうしたんですか?」
簡単な内容をまとめれば、主人公が私立水無月学園に転校してきてそこの四大天使と呼ばれるヒロイン達と仲良くなりその中の一人と結ばれるというもの。
そしてその作品の主人公が今俺の隣に座っている……文月優なんだが。
「……どうした燐、こっち見て」
舞台は東京、時期は九月。
別人の可能性も考えたが、病弱だった彼が病気が治ったことをきっかけに水無月学園に転校してくるというイベント通りだし、何より性は違うが同名だし……。
「兄様、大丈夫ですか?」
「ん、あぁ大丈夫だ?」
「何故疑問形なのですか、体調でも崩しました?」
「いや、あれなんだよ……あれ」
「あれじゃ分かりませんよ……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫なはずだ」
「……ならいいんですが」
昼休みの教室で転校したばかりに妹にずっと心配されながらも溢れる疑問符を整理しようと頑張るが、どうやっても消えてくれることはなく……それどころか考えれば考えるほどに悩んでしまい無間地獄に迷い込んでいると言ってもいい程には抜け出すことが出来なかった。
だからこそ、これは悪手かもしれないが彼じゃなくて彼女に一つ質問する事にした。
「なぁ……文月。俺達って昔会ってるんだよな?」
「ああ、昔病院でな。結構一緒に遊んでたと思うんだけど忘れたのか?」
病院?
確かに俺は母親が入院してた時にしばらくお見舞いがてら病院に入り浸っていたのは覚えているが……病院か。そういえば誰かと一緒によく遊んでいたような。いや、でもあの子は男だったはずだし何よりこんな口調じゃなかったような?
それにあれだ覚えている限りあの子の名字は違ったし、男勝りで髪も短くて……。
「なぁ燐、オレの事を男とか思ってたか?」
冗談っぽくそういう彼女だったのだが、俺からしたら図星だった。
それで変わる表情で本当に俺がそう思ってたのを知ったのか彼女はちょっと残念そうに……。
「そっか、まあ仕方ないけどな。あの頃のオレって男子以上にはしゃいでたしゲームでの口も悪かったしな」
「なんかごめんな」
「謝ることないぞ、それより朝から悩んでいるみたいだけど何かあったか?」
「いや、ちょっと整理したいことがあってな」
何かあったのかと聞かれればお前が女だったと言いたいが、そんな事を言えるはずもなく俺はそう言う事しか出来なかった。
だってあれだぞ? 妹とくっつけようとしていた相手が女子でサポートするはずのイベントがほぼ潰れ、完全に私情だが今まで頑張ってきたというか、友人キャラポジになろうとしていたのに主人公が女だったという現実が受け入れにくいというだけなのだ。
「頭いてぇな」
「兄様、保健室行きますか?」
「頼むわ」
普段働いてくれる完璧な転生者頭脳もこんな時だけは一切働いてくれる気がしなくて、もう脳死で会話している俺は妹に連れられて保健室へと旅立った。
廊下を歩く途中空を見上げれば鬱陶しい程の晴天だった。
でも、どういうわけか俺の心は曇っていて思わず溜め息が溢れてしまう。
「文乃……俺はお前を幸せにするからな」
「……急にどうしました?」
改めて決意としてそう言うが、頭おかしい奴みたいな目で見られてしまい余計に心にダメージを受けながらも俺は保健室のベッドを借りた。
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