花の雨

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

 ︎︎

 太陽の光が柔らかくて、気を抜くと欠伸が出そうになるような三月の昼時。私はふと思い立って、桜を見に河川敷に来ていた。


「おお...見頃はまだもう少し先かな、でも人多くなる前でよかった」


 この場所は桜並木がとても綺麗で、テレビなんかにはあまり映らないけれど見頃を迎える頃には、それなりに人がやってくる。四月の上旬から中旬くらいになると、桜の木の下でピクニックしている親子連れなんかをよく見かける。


 私は人混みが嫌いだから、桜が見頃を迎える前か葉桜になるくらいの時期にここに来ている。


「よし、撮るぞ〜...」


 私は木の前でスマホを構える。ここに来ては毎年写真を撮ってそれを友達に見せている。


「よし!これプロフ画面にしちゃお〜っと」


 メッセージアプリの設定を変えると、さっき撮った桜の写真が表示される。と、同時に去年の写真が消える。


「あっ、まぁ.....いっか」


 私は座っても痛くなさそうな場所に腰を下ろす。ぼーっと川の方を眺める。そしてゆっくり目を閉じる。

 人混みが苦手な私は一度だけ、満開の時期にここに来たことがあった。そのときは散り始めの時期で、風か強く吹けばたくさんの花びらが雨みたいにアスファルトの上に降り注いでいた。


 ✱✱✱


『人多い....帰りたい..』


『なんでよ、もうちよっとだけ』


 その日も今日みたいに、気を抜くと欠伸が出そうなほどいい天気だった。時期が時期だから人はものすごく多かったけれど、道行く人達はみんな笑顔だった。


『やっぱり人多いなぁ....でも本当に綺麗』


『うん...』


 本当は、『桜なんかより君の方が綺麗だよ』なんて、漫画のような言葉が頭に浮かんでいたけれど、グッと飲み込んだ。私の気持ちが彼にバレてしまうのが怖かった。この魔法のような時間が、終わってしまうことが怖かった。


『そろそろ場所移動する?』


『ん...』


 色々と考えすぎて、返信が素っ気なくなってしまっても変わらず接してくれる。優しくて何でも楽しそうに挑戦する。そんな人。


『いこーか...あっ、人多いし手繋ぐ?コケたら悪いから離さないでよ?』


『え?!』


 時々こんな突拍子もないことを言って私を驚かせたりもしていた。


 私の、初恋の人だった。


 ✱✱✱


 どれくらい座っていただろう。気がついたらもう三十分くらいは経っていた。


「やば、本返しに行かないと」


 彼とはしばらく会っていないけれど、私はまだあの頃の気持ちを引きずったまま。苦しく無いかと聞かれれば嘘になるけど、平気なフリをして生きている。

 多分もうないだろうけど、いつかまた会って話せる日が来ると信じて。


「ん?」


 ふと足元に視線を落とすと花びらが二枚落ちていた。花びらを拾って前を見ると、小学生くらいの子が二人並木に沿って走っている。風なのか、それとももろい花びらが揺れて落ちたのか..。


「帰ったらしおりにでもしよう」


 次がいつ来るのか、私には分からないしもしかすると来ないのかもしれない。でも、この気持ちを持つだけなら別にいいのかなと思い始めた日。

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花の雨 七瀬モカᕱ⑅ᕱ @CloveR072

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