ささくれが重傷扱いされる世界

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俺はルンルルンだった。

「ただいまー」

「あ、お兄ちゃんお帰りー」


 学校からの帰宅。

 俺はマフラーと手袋を取りながら、買ってきたゲームソフトの入った鞄を抱えて靴を脱ぐ。

 気持ちはルンルン、いやルンルルンだ。

 急いで部屋に向かおうとした。


「……」


 ふと、言葉にする程ではない爪の付け根辺りに刺された痛みを感じ確認してみる。

 すると爪の付け根から一本の小さな皮が向けている。

 何か刺さっているのかと思ったが、ただのささくれ……


「お兄ちゃん!? どうしたのその指ぃ゙!!」

「え?」


 突如、妹のミヨが駆け寄り俺のささくれの立った腕を掴んだ。


「い、いや……別に何も……」

「何も無いわけないでしょ!! これって、ささくれじゃん! おかああああさあああん! お兄ちゃんがああああああ!」


 叫び始めて、収集のつかないミヨ。

 昔からちょっと変な所がある妹だが、今日は一段とおかしい。呼ばれた母親が手を拭きながら俺達に駆け寄ると。


「いやああああああ! アンタその指どうしたのおおおおおおお!」


 母親も絶叫する。

 もうオーバーリアクション過ぎてちょっと笑えてきた。


「何なんだよ母さん達さ……別にささくれがたってるだけで、オーバーな……」

「始めて見たけど、やっぱりこれささくれよね! 救急車を呼ぶわ!」

「は?」


 母親は急いで救急車を呼び始める。


「ちょ、ちょっと!? 正気かよ!?」


 数分後家の前に救急車が到着。


「お邪魔します! 急患はどちらに!」


 急いで来た救急隊に俺が事情を説明する。


「す、すみません! 俺にささくれが出来たからって、急に家の人達がパニックを起こして……本当にすみません!」

「君がささくれなんだね! わかったすぐに病院向かうから安心して!」

「……はぁ!?」


 俺は担架たんかに括り付けられる。


「感染症のリスクがあります。ご家族の方々も同伴よろしいですか?」

「息子は! 息子は治るんですよね!」

「いやああああああお兄ちゃん死んじゃいやああああああ!」

「うるせえ! ささくれで死ぬか! 何だよこれ! ギャグか? ドッキリなのか? いい加減にしろ!」




 そのまま救急車に運ばれ病院へ到着。担架のまま医者と看護婦に運ばれていく。


「脈は?」

「正常です!」

「当たり前だ!」

「意識確認」

「大丈夫ですかー! 聞こえますかー!」

「聞こえてるよ! さっきから声出してるでしょ!」

「良かった! 大丈夫ですよ! すぐに摘出しますから安心して!」

「摘出って、ハサミかなんかで切れば良いでしょ! あれだ! 俺噛みますよ! ささくれ噛み切りますから一旦落ち着いて!」


 そう言っていると、他の看護婦が医師っぽい人に話しかけた。


「先生大変です! バッファローロボットに轢かれた患者が重症で!」

「それは後だ! まずささくれ摘出を!」

「何でだよおおおお! あとバッファローロボットって何だよおおおおおおお!」




 そのまま手術室へ直行。

 ライトの下へ横たわる俺を緑の割烹着を着た医師達が取り囲む。


「これより、オペを行う」

「ふざけるなああああ!」


 俺はもがくが拘束せれていて身動き出来ない。


「メス」

「ハイ」


 医師が言うと横にいた看護師が丸ノコを取り出しエンジンをかける!


 ヴィヴィヴィイイイイイ!


 あ、俺死んだわ。

 あまりの怒涛の展開についていけず、迫りくる丸ノコに俺を目を閉じるしかなかった。









「はっ!?」


 俺が目を覚ますと病院のベッドで寝ていた。


「あ、お兄ちゃん起きた。おはよう」


 横にはスマホをしていた妹のミヨがいた。

 起きた俺を確認したミヨは病室の扉を開き廊下に首を突っ込む。


「お母さん! お兄ちゃん起きたよ!」


 俺は思い出したように自分の指を見る。

 指も腕もあり五体満足だ。

 ささくれだけなくなってるだけだ。


「ささくれは?」

「え?」


 ミヨに尋ねる。


「ささくれは無事取れたんだよな? 手術は上手くいったんだよな?」


 しばらくの沈黙の後、ミヨは爆笑する。


「な、なにそれ! ささくれで手術って……お腹痛い!」

「いや、だって……皆ささくれを見たらパニックに……」


 あれ?

 これってもしかして……


「夢だったのか?」


 お腹を抱え爆笑しているミヨに状況を聞くと、過呼吸気味になりながら簡潔に話してくれた。


「お兄ちゃん、ルンルルンって言いながら家の階段を登ってたらそのまま踏み外して盛大に落ちっていったんだよ。私ちゃんと見てたし、本当にお兄ちゃん死んじゃったかと思ったんだよ! それなのにささくれで入院って……ぶはっ!!」


 思い出し笑いで崩れ落ちるミヨを見てとりあえず安心する。

 とりあえず、全て夢オチで良かった!


「……」


 ふと、親指に違和感を覚えた。

 見てみると、ただの昨日の切った爪が深爪だっただけだった。


「え……お兄ちゃん……」


 さっきまで笑い転げていたはずのミヨが俺の手を握っていた。


「これって……深爪……だよね」


 ミヨの顔が徐々に青ざめていった。

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