ささくれを狂愛す

龍神雲

第1話 ささくれを狂愛す

 私の指は汚い。

 何故、彼女のように細く美しく綺麗ではないのか?

 何故、彼女のようになめらかではないのか――なんて、一度も悩んだことはないが。

 打弦楽器ピアノの鍵盤を弾く私の指は今日も不格好で、音楽学校に通い早一年、私の指先は鍵盤とも不釣り合いだ。

 だがこれでいい。音と感情が合わさり、曲の色味が表現でき、狂想曲を弾くには相応しいタッチ――

 それなのに、物足りなさを感じていた。


(何が足りないのかしら……?)


 ささくれが酷い人差し指を愛でる中、


瀬良せらさん、瀬良みやなさん、これどうぞ」

「えっ」


 球体間接人形のお姫様のように整った容姿の山奈胡桃やまなくるみがいつの間にか私が弾くピアノの前に立っていた。にこりと微笑む胡桃の綺麗な手には小瓶があった。

 小瓶は空の色合い、ゼニスブルー色の小さな円柱瓶で、乳白色のとろみあるクリームが上蓋まで詰まっていた。


「これは?」

「私が調合したハンドクリームよ、貴女あなたにあげるわ。良かったらお使いになって?」


 胡桃は去ったが、胡桃の香りが室内にしばらく漂っていた。

 とまれ、胡桃が渡した理由は想像がつく。指の爪ぎわがささくれだらけで不憫ふびんに思ってだろう。だが私はささくれがお気に入りで育てている、剥く快感を味わう為だけに。

 恐らくこの性癖は理解されない、きっと嫌悪されるだけだ。皮膚むしり症とのたまわれ、精神疾患として見るだろう。だが私は誇りに思っている、誰に何と思われようと関係ない。


(これは私だけの秘密よ)


 家に帰宅し、ハンドクリームを引き出しの奥にしまおうとして止めた、円柱瓶から胡桃の香りが仄かに漂ったのだ。小瓶の蓋を開ければ胡桃の匂いの元が私の鼻腔をくすぐった。


「鼻に付く匂いね」


 なんて言いながらも、ささくれがある爪ぎわに塗り――


「えっ……」


 刹那、ハンドクリームを渡した理由を改めて理解した。


     †


「良かったわ、ハンドクリーム」

? ?」


 ささくれは悪化し、胡桃は物足りなさを埋める曲調になった。


 了

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