夏休みのささくれ

小狸

短編

 私が読書感想文を嫌いな理由は、多分、母にあると思う。


 母は、昔で言うところの教育ママで、こと勉強に関してはとても厳しかった。


 それは、夏休みの宿題に関しても同じであった。


 計算ドリルや漢字ドリルを終わらせれば、必ずチェックされる。


 丸付けも、小学生までは母がやっていた。


 そして間違えると、私を叱るのだ。


 その叱り方が、もう本当、頭の中にこびりついて離れないくらいの、金切り声なのだ。


 言葉にはできないし、したくない。


 残っているけれど、思い出すから。


 いまだに夢に見るくらいだ。


 後から知ったが、母はかなり優秀な大学の出であり(私でも名前の知っている大学だ)、中学時代は地元でも有名だったのだそうだ。

 

 それで、問題の読書感想文だ。


 当時私は読書が好きだった。


 ただ読書感想文となると思考が止まるタイプだった。


 感想を書けって――何それ。


 面白かったです、楽しかったです、心に残りました、可哀想でした。


 それじゃ駄目なの?


 どうやら母の中では駄目らしかった。


 ここまで母、母、と連呼して従順に従っているけれど――大人になった今でこそ思えるが――子どもにとって親は、世界そのものみたいなものなのだ。反抗なんてしようものなら、すぐに金切り声が飛んでくる。

 

 だったら、何も言わず従った方がマシだった。

 

 でも――読書感想文だけは、駄目だ。

 

 ほとんど書けない。

 

 ちまたでは『読書感想文の書き方』なんて本もあるらしいけれど、そういうものに頼るのは許されなかった。

 

 自力で書いた部分はほとんど母に添削され、間違いを指摘し、そして新しい、正しい文章に置き換えられた。

 

 正しい文章。

 

 当時は、母は頭が良い人であることは知っていたから――私はこう思っていた。

 

 きっと母が正しくて、私が間違っているんだろうな。

 

 良いなあ、正しい側にいることができて。

 

 そんな風に、幼いながらに思ったものだった。

 

 ほとんど母の文章になったその読書感想文は、優秀賞を受賞することになった。

 

 確か県まで行ったと思う。

 

 お昼休み、放送室で、音読させられた。


 先生方にも、校長先生にもたくさん褒められた。


 家に帰って受賞したことを母に伝えると、母はとても喜んだ。

 

 夕食はいつもより豪華になり、帰って来た父にも伝えて、一緒に褒めてもらえた。

 

 でも。

  

 美味しいご飯も、豪華な賞状も、皆からの賞賛も。

 

 私は少しも嬉しくなかった。

 

 私の文じゃない。

 

 私が書いた、わけじゃない。

 

 褒められているのは、母だ。

 

 私じゃ、ない。

 

 そんな思いが、ささくれとなって、いまだに私の心に残る。

 

 小学四年生の、夏休みのことである。




(「夏休みのささくれ」――了)

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夏休みのささくれ 小狸 @segen_gen

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