女体道中ささくれ栗毛

そうざ

Traveling with a Hangnail on the Female Body

 本日は『ささくれ号』をご利用頂き誠にありがとうございます。

 本号は定刻通り〔右親指みぎおやゆび甘皮あまかわ〕を出発し、この先はノンストップで運行致します。およそ十五分間の短い旅ではございますが、何方どなた様もごゆるりとお愉しみ下さいませ。


 本号は最初の景勝地〔みぎこう平野へいや〕を縦断しております。美しく広がりますまたら模様は、皮膚下血脈が織り成すものでございます。

 ですが、近年は線維芽細胞の弱体化が見られるようになり、色味の変質や肌荒れが深刻化、往時の瑞々しさが失われつつあります。


 現在、走行中の〔右前腕みぎぜんわん丘陵‎きゅうりょう〕から〔みぎうで丘陵‎きゅうりょう〕に掛けましては、ご覧の通り不毛地帯でございます。但し、これは人為的な剪定の賜物でございまして、本来はぼうぼうなのでございます。

 実のところ、紫外線の影響を鑑み、年間を通じて肌の露出には神経を尖らせるのでございますが、昨今は婚活パーティーへの出席が増えまして、剪定済みの当地を露出させる事で若さをアピールしようという魂胆が窺えますが、効果の程は未知数でございます。


 右に見えて参りましたのは〔肘鉄ひじてつヶ丘がおか〕と呼ばれます皮膚の褶曲しゅうきょく度の高い景勝地でございまして、一説には年を追う毎にその度合いが増しているとの事でございます。

 その傍らに一際ひときわ長い体毛がご覧頂けるかと思いますが、あちらは〔黒子毛ほくろげさま〕と呼ばれる歴史ある道祖神でございまして、都々逸どどいつの題材にもなっております。


〽抜けど剃れども また生えづる

 黒子毛様の ど根性

 抜くはとんちき 剃るはぽんつく

 伸ばし伸ばせば 果報者


 程なく〔右撫肩みぎなでがた懸崖けいがい〕の先端を越えますと、見えて参りますのは広大な〔背中せなかヶ原がはら〕でございます。

 当地は時折り原因不明の痒みが生じる事がございますが、その際、少なからず痒源地の特定に困難をきたす場合がございまして、マゴノハンドに出動を要請する事例も報告されております。


 さて、〔臀部でんぶ峡谷きょうこく〕から〔ひだり太腿台地ふとももだいち〕に至るこの辺りはニキビ、色素沈着、セルライト等々が見受けられ、一般的には観光には適さない地域でございますが、一部愛好者様は立派な景勝地として捉え、熱心に観察される方が居られます。

 不世出の詩人ミッツヲ・アイーダは、顔をしかめながら詩作を試みたそうでございます。


 きたなくたっていいじゃないか あらふぉーだもの


 只今ご覧頂いておりますのは〔ひだり膝小ひざこ僧岳ぞうだけ〕でございます。往時は絆創膏を用いた保護活動が盛んでございましたが、現在は角質系景勝地に数えられております。

 続く〔ひだり落涙らくるい弁慶べんけい〕近辺も不毛推進地帯に指定されておりますが、お転婆な幼少期に負うた細かな疵跡までは隠し切れないのでございます。

 ここを通過致しますと、年季の入った奇観として名高い〔ひだり外反がいはん母趾ぼし〕を眺めながら折り返し運転に入ります。


 見えて参りました三角州は、近年になって伐採が断行されました。不毛の地となりました事で秘境中の秘境〔奥襞おくひだおぼだに〕がその全容を白日の下に晒され、景観が一変致しました。

 当地は長く日照りが続いておりましたが、近年は潤いを取り戻した事が確認されました。但し、現在は不特定多数の立ち入りは固く制限されており、残念ながら本号も速やかに通過致しますが、ご興味があれば秘境巡りに特化した特別列車『ささむけ号』をご利用下さい。

 尚、詠み人知らずの文盲省唱歌〈ぬめひかり〉が当地への下心で作られた事は余りにも有名でございます。


 ひだのおくには とうげんきょう

 あわび とこぶし あこやがい

 さけめか われめか あなふたつ

 いたずらしたら いずみわく


 大迫力の〔下腹かふく贅肉ぜいにく連峰れんぽう〕をひた走り、胡麻の産地としても知られます〔臍噛ほぞか盆地ぼんち〕を過ぎますと、いよいよ見えて参りますのは人気景勝地〔胸乳むなち連山れんざん〕でございます。笠雲ならぬ乳暈にゅううんの突端に土留色どどめいろの乳首が鎮座致します佇まいは〈女体八景〉の筆頭に数え上げられております。

 暫し八の字走行にて両山を周回致しますので、心行くまでご遊覧下さいませ。両山を見比べて何かお気付きになった点はございませんでしょうか。実は、両山のサイズは僅かに異なります。一説に拠りますと、皮膚下にありますマグマ溜まりの上に屹立したお山の方が大振りとの事で、古来〈女体七不思議〉の一つとして語り継がれております。

 尚、高名な歌人ヒトゥマーロ・カキノモットは当地で舌舐めずりをしながら詠歌したと伝わっております。


 鮫肌に 跡を刻みし ちちバンド

 寄せて上げては 汗疹あせもに負けじ


 ここで皆様にお詫びがございます。予定しておりました〔尊顔そんがん砂漠さばく〕の観光でございますが、先般実施されました大規模整備に遅れが生じ、現在ルートが全面通行止めとなっております。

 包帯法に依る厳重な管理が解かれるまでには今暫くの期間を要すると予想されますので、〔ひだり鎖骨さこつ段丘だんきゅう〕を越えずに〔ひだり黒脇くろわきした〕方面への短縮運行と相成ります。誠に申し訳ござません。


 さて、〔ひだりうで丘陵‎きゅうりょう〕並びに〔ひだり前腕ぜんわん丘陵‎きゅうりょう〕を過ぎまして手首側に回りますと、負の遺産とも称されます往時の〔躊躇ためら地層ちそう〕がご覧頂けます。

 一見、美しい縞模様ではございますが、涙なくしては語れぬ由緒がございまして、その辺りはのバッショウ・マッツオの名句を以てご説明に代えさせて頂きます。


 むざんやな やいばの下の すとらゐぷ

 

 現在、本号は〔ひだりこう平野へいや〕を縦断中でございます。そろそろ旅の終わりが近付いて参りましたが、ここでまた新たにお知らせがございます。本号は〔ひだり薬指くすりゆび甘皮あまかわ〕を終点として想定しておりましたが、急遽変更を余儀なくされる運びとなりました。

 ご覧下さい。当該地へ至るルートに突如として謎の物体が出現し、乗り入れが不可能になったのです。当該の物体が金属製である事、その円環の形状に依ってルートを完全に寸断している事、それ以外は何も分かっておりません。

 土地の伝承では吉事の前触れとされる現象のようですが、何れにしましても当面は当該地への立ち入りを制限する事が決定致しました。従いまして、本号は隣にあります〔ひだり小指こゆび甘皮あまかわ〕を臨時の終点として運行を続行致します。


 皆様、お疲れ様でございます。本日は『ささくれ号』をご利用頂き、誠にありがとうございました。また、この度の数々の不手際に関しまして改めてお詫び致します。

 次回はまた異なるルートを予定しておりますので、皆様お誘い合わせの上、奮ってご参加下さい。今後は対象の性別、年齢、人種を拡大し、更なる飛躍、発展を期して観光事業に邁進して参る所存でございます。

 尚、今回の行程では3メートル近くのささくれが始点から終点まで全く途切れる事なく生成されました。煮て良し、焼いて良し、そのまましゃぶっても良しの逸品としてご好評頂いておりますお品でございます。参加人数分に等しく寸断させて頂きますので、是非とも旅の記念にお持ち帰り下さい。またのお越しを心よりお待ち申し上げております。

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