前日譚

蠱毒 暦

不変/心傷/失笑/辞別/感慨

04


ーー今日もまた働く時間がきた。


「…起きろよラスト。遅れたら殺されるぞ!」

「……ああ。」


破れた作業服に着替えていつもの様に、生産場に行き淡々と作業をこなす。


「……。」


誰も言葉を発さない。目立たないように今日も自身の心を殺す。それができなければ…


ーーこの世界では生きていけない。


「…っ、こんなのやってられるかよ!!」


同じように近くで作業していた有象無象の1人が突然、叫んだ。


「お前らだって、そうだろ!一緒にあの俺達の事を奴隷とか思ってるあのくそったれな奴らに反逆しようぜ!!なあ、」


周りが少しざわつく。


騒ぐな、気が散る。


「おい、何だよラスト…その目つき、お前…ずっとそのままでもいいってのかよ!!」


触るな、作業の邪魔だ。それに…


男が大声で騒いでいでいる時に生産場の扉が開かれ、ざわつく人々は全員、一瞬で沈黙を選んだ。


「やかましい。我々の奴隷風情が…外までその不快な声が響いていたぞ。」

「…っ!?」

「ふ、くく。何だ?言いたい事があるのではないのか?」


騒いだ男が驚き、咄嗟に逃げようとした途端、いつの間にか黒髪の男の前立っていた。


「ぐっ『転移神』…マキ!」

「…はぁ、奴隷は替がきく……これは処分だな。遺言くらいは聞いてやる。言ってみろ。」

「お前ら神どもが、調子に乗りやがっ…」


怒りの形相で訴える男の姿が消えた。


「飽きた。」


そう呟き、その姿が消えて…俺の隣にいた。


「おい、奴隷。お前もそう思っているのか?」

「……。」


無言で作業を続ける。


「チッ、作業を一旦止めて、会話をする事を許可する…光栄に思え。」


「そんな事は思っていません。我々人類は神の奴隷畜生です。」


「ハハッ!…その通りだ。その分我ら神々は、人類を悪魔どもから守っているのだからな。正に、ギブアンドテイクだ。そうだろう!!」


俺の背中を強く叩いた。


「よし、あと3時間は作業を続けろ。また騒ぎを起こせば、一週間飯抜きだ。無論水もな。お前達、人類は我々の為に精々励むがいい。」


そう言うと男の姿が消えた。


その後は何事もなく…今日も作業を終わらせて、また一日が終わった。


03


午前の作業が終わり今日もまた、食事の時間になり、男達は食堂に向かう。


普段は、腐った食べ物ならまだマシな方で、最悪…虫や死んだ人間の肉が出て来る事があるのだが…


「おいラスト。これ…」

「…林檎か。」


いつも俺を起こす同室の黒髪の男…カスラは心なしか声が弾んでいた。


「なあ、ラスト…」

「断る。」

「おい即答かよ。まだ何も言ってないぞ。」


貴重なビタミンだ。ちゃんと摂っておくべきだろう。


「作業効率が上がるからな。自分の分でも食べとけ…カスラ。」

「…はぁ。仕方ない、か。」


そう言って自分の番になり、カスラは林檎を取ろうとすると、それを誰かに横取りされた。


「っ、おい…それは俺のだぞ!」


「知らねえなぁ。これは俺のだぜ?」


大柄の男はカスラをぶん殴った。


「…っ、痛え…そんな事してもいいのかよ!」


「神共はこの食堂には来ねえよ。お前だって知ってるだろ?ここでは力が全てなんだよ。だから、生意気に反抗して来る奴は…こうしてやらないとなぁ!!」


ニヤリと笑いながら、カスラの腹を殴り、蹲る体を何度も蹴り上げた。周りの男達はその様子を遠まきに見るだけだった。


ーー10分後。


「…うぐ……」


「これくらいにしといてやる。じゃあな、弱虫。」


林檎を持って男は去って行くのを見てから、俺はカスラに声をかけた。


「生きてるか。」


「……何とか、な。」


体中がボロボロになりながらも、カスラは起き上がった。


「…やる。鑑賞料と慰謝料代わりだ。」

「何だそれイテテ…っ、ラストそれ…いいのか?」

「構わない。それに…食べたかったんだろ?」

「…ハハ。ありがとな。」


カスラは林檎に思いっきり齧りついた。


「これが果物…本でしか知識なかったけど、美味いなぁ。」

「…良かったな。」

「ラストも一口食ってみろって!」

「…お前が食っとけ。それにそろそろ…」


いつもの少女の様な声が脳内に流れ始めた。


『食事はお終いです。奴隷どもはさっさと、作業場に戻りやがれ下さいね♪』


「…だそうだ。行くぞカスラ。」


「ラスト、お前図ったな!!少し待ってくれ、せめてもっとこれを味わっていたいんだが…」


「待たない。遅れたら……殺されるだろ。」


「親友だろ!俺達!!」


「親友でも、決まりは決まりだ。」


「…そんな殺生なぁ。」


足を止めて、カスラを見ずに言った。


「はぁ…7分だ。それ以上は稼げないからな。」


「よし分かった。それまでには必ず間に合わせるぜ!!」


食堂を出ながら俺は、どう時間を稼ごうかと作戦を練り始めた。


02


「…おーい、起きろよ。」


いつもの聞き馴染んだ声で俺は目を覚ました。


「…今日はマキ様に呼び出された日なんだろ?さっさと身支度を整えろよ。」


「…!そう、だったな。」


寝ぼけた頭でそれを思い出して起き上がった。


「ラストは賢い奴だけど本当、寝坊助さんだよなぁ。何でこんな奴が神様に呼ばれんだろ?」


「…さあな。」


いつもの様に作業着…否、事前に貰った服を見る。


「確かそれ…『袴』って言うらしいぜ。」


「…下らない知識だけは余分にあるな。」


「うっさいやい。本を読むのが好きなんだよ…手伝おうか、それ?」


「…頼む。」


慣れない服に苦戦しながらも、カスラの助力もあって、何とか着る事が出来た。


「…中々似合ってるな……馬子にも衣装か。」


「ふん…じゃあ、行って来る。」


「おう、気をつけてなー。」


「お前も今日の作業…頑張れよ。」


「ラストの分まで働いてやるぜ!」


「それは無理だな。」


「…っ!?何でだよ、俺だってやる時は……」


部屋の扉を閉めて、少しだけクスリと笑ってから、寮の外に出た。


「…フン。時間ピッタリか。」


「……。」


「…では場所を変えよう。ここは奴隷臭で鼻が曲がりそうになるからな。」


一瞬で景色が切り替り、時計が沢山あってここが、すぐにここがマキの部屋だと分かった。


「とりあえず座れ…何度もこうして言っているだろうが……そろそろ決めたらどうだ……貴様にとって悪い話ではなかろう?」


「……。」


「…もういい分かった。貴様が俺に発言する事を許す。未来永劫だ。」


「お断りさせて頂きます…あの環境が俺にとって、心地がいいので。」


「そうか。」


紅茶の様な物を一口飲んで、その残りを俺に浴びせ、冷たい目で睨みつけてきた。


「…貴様は人間にしては優秀だ。故に俺も最大限譲歩したが、それも終わりだ…お前をこれから『神都クロネス』に転移させる。そこで生殖を行い死ぬまで人間を増やせ。これは『神王』様からの直々の命令である。」


これを否定しようがしまいが、結果は変わらないのだろうと、瞬間的に理解した。


(それでも…最後に別れの挨拶はしたかったな。)


「では転移を始め…っ!?」

「ーーさせねーよ、バァァァカァ!!!」

「は!?何故ここに悪魔が!?」


飾られた時計を投げつけながら、黒い翼を生やした悪魔……いや、違う。


「…カスラ、なのか?」


「そうだぜ?騙してて済まねえな。何せ俺は『全てを騙す悪魔』なんだからよ。その性分だけは変わらねえんだ。」


「施設に侵入されていたのか…っ一体、何が目的だ!」


カスラはきょとんとした表情で言った。


「…ふと人間の生活が一体どんなのか気になってな、面白半分に侵入して…あー特に目的とかはねえな。でもしいて言えば…親友を助けに来たってところか。」


リードに言われた訳でもねえよと言い放った。


「…っ、これだから悪魔は…ハッまあいい……ここで滅ぼしてやる。」


「やってみろよ。俺は公爵級の悪魔の中じゃあ、弱い部類だが…生き残る事だけは自信あるぜ?」


両者は合図もなく激突した。


01


——今更別れの言葉なんざいらねえよな。付き合い長いし。何せ17年間だ。


…待ってくれ。


——とりあえず、お前は寝坊の癖はちゃんと治せよな。これからは俺が起こしに来る事はないんだぜ?


……。


——後は好きにしろ。生きようが死のうが…そっちの勝手だろうからな。したい様にやってみろ…俺の分もな。


ああ…やるだけ、やってやるよ。



人類が奴隷となり、神や悪魔に不当に搾取され唯一無二の友だった奴ですら、力の前ではあっさりと死んでいく…こんな秩序もない、この混沌とした世界を。



——全部……壊してやる。



目を開けると、森の中にいた。


「…ここは、」

「ハッ…ようやく、見つけたぞ。」


離れた所に服の所々が血が滲み、黒髪が青くなったマキが立っていた。


「あの悪魔は俺自ら、滅ぼしてやった。まさか、貴様が悪魔と通じていたとはな。」


「俺は知らなかったが。」


凶悪にマキは笑った。


「…よって、ここで始末する。内通者は即刻死刑だ…その事は分かっているだろう?」


「何度も言うが、俺は知らな…」


「貴様のような奴隷は……『転移』を使うまでもない。ここで死ね。」


マキがものすごい勢いでこちらに接近してくる。見積もって後2秒で俺の命は終わるだろう……何もしなければ。


「…っ!」


あちらが動いたタイミングで最初から決めていた方向に飛ぶ。軽く掠ったのだろう。間に合わなかった左腕が千切れ飛び、そこから大量の血が吹き出しているのを感じる。


「……。」


痛い…痛い!けど、それはまだ生きている証だ。死ねない…こんな所で終わってたまるか。


「避けたのか、この俺の攻撃を?」


「…。」


「だが、これで終わりだ……!」


無言で歯を食いしばる。すぐに攻撃が来るだろう。


(初撃はギリギリ避けれた。次の手は?…止血をしなければ、どの道死ぬ……ここまでなのか。)


「なーに乱暴してるのさ?」


攻撃が………来ない?


よく見るとマキの体から大量の剣や槍、斧といったあらゆる武器が突き出ていて。


——立ったまま、絶命していた。


それをしたであろう人物がこちらに近づいてくる。


「…わーお☆君、血まみれじゃん。今治してあげよう!ほいっ。」


変な掛け声をしながら傷口付近を触ると無くなった左腕が再生していた。


「な、何をした…?」


「…んー仕組みとかは……分かんないっ♪」


「それに誰なんだ…お前は?」


謎にテンションが高い変人…20代程であろうオレンジ色のロングヘアの女性に思わず問いかけた。


「えーとねぇ。私は——」


00


「……っ!?」


思わず、ベットから飛び起きて…頭を掻いた。


「すごく懐かしいけど……嫌な夢だったなぁ。久々に見たよそれ。」


時計を見ると朝の2時ピッタリだった。


「…寝坊は駄目だけどさ。早起きしすぎても良くないよね。」


(明日は夏休み初日で残雪家の本家に行かなくちゃだし、とりあえず…二度寝と洒落込むとしようかな。)


そう思って目を閉じたが、まったく寝付けなかった。


「……。」


仕方なく、冷や汗で濡れたパジャマを脱ぎ軽くシャワーを浴びてから新しいパジャマを着た。その後ボッーとしながら、改めて屋敷の資料に目を通した後にようやく朝の4時くらいに眠る事ができたのであった。

                   

                   了











































































































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