おすそわけ

和扇

第1話

「これは?」


 引っ越してきて二日目。

 おソバを携えて挨拶をした翌日に、隣人は両手鍋を持って私の部屋のインターホンを押した。カパリと開けられたその中では、茶色い海に赤と白の島が浮いている。


「これ、作りすぎたから良かったら……」


 本当に有るんだ、コレ。アニメ漫画の世界の話だと思ってた。しかも持ってきたのは若い女の子。主人公じゃないか、自分!


「あ、ありがとう」

「貰ってくれて、こっちこそありがとうです。カレー食べ終わったらお鍋は返してくださいね」

「も、もちろん!洗って返す!」


 ふふふと可愛らしく笑う彼女とぎこちなく慌てる自分。こういう時に洒落た返しが出来たらスマートなんだろうなぁ。陰キャな自分が恨めしい。


 パタンとドアが閉じられる。新しい我が家へ迎え入れた初の客人は、これでカレー入り両手鍋となりました。次はコレの持ち主を招待したいところ。


 ちょうど晩御飯がまだだった、本日の夕食はカレーだ。


 ガスコンロに鍋を載せて点火。あー、火加減どうすればいいんだろう……。弱火にしておけば大丈夫かな?安全だよね?鍋を焦がしたら、流石に申し訳ない。


 トースターとオーブン機能が付いた電子レンジに、少し厚めに切ったパンを皿に載せて放り込む。トースターのボタンを押して時間を設定し、スタートボタンを押した。


 少しして晩御飯が出来上がった。短時間で完成したものとは思えない程に美味しそうな香り、このカレーという料理は実に食欲をそそる匂いがする。


「えーと、いただきます」


 引っ越しに合わせて買った、真新しい白のテーブル。その上に並ぶのは、手の込んだ料理カレーと切って焼いただけのパン。まだここにきて二日、部屋の中が段ボールで溢れているのでこればっかりは仕方なし。


 辛い、旨い。栄養が身体に染み入る音がする~、そんな音聞いた事ないけどー。


「ごち、そうさま、でしたー」


 大食らいだから全部一気にイケるかと思ったら、案外多かったカレー。お行儀悪いけど、けぷ、と思わずゲップが出ちゃう。


 さて、ちゃんと洗って返さないとね。


 翌朝。


 今度は私が鍋を持ってインターホンを押す。昨日とは逆の立場となって、玄関先で隣の彼女と対面する。


「あの、カレーご馳走様でした。お鍋、お返しします」

「え!?あの量、一回で食べたの!?」

「はい、いっぱい食べる方なので!」


 にっこりと笑う自分に対して、彼女は驚きの表情。まあ当然だよね。


 お鍋を渡すのと同時に、疑問に思っていた事を口に出す。


「あの、どうしておしそわけ?おすそわけ?してくれたんですか?」


 、正解はどっちだっけ?ああもう、彼女笑ってる!どっちも違うんだ、おそわけが正しかったんだ!


「だって、別の国から日本に来てくれたばかりで大変だと思ったから。それに……」


 受け取った鍋を横に置き、彼女は私の白い手を取って指を触った。


「ささくれ。昨日お蕎麦を貰った時に気付いたの。慣れない場所へ引っ越してきて大変そうだし、栄養バランスなんて考えたりできないかなって。カレーは栄養一杯、育ち盛りには一番!」

「私の、ために……?うわぁっ、ありがとうごじゃます!」


 また彼女は笑う。何だか恥ずかしくなって、私は金の髪を弄った。


「うふふ、可愛い子~。あー、私も若く可愛い頃に戻りたーい」

「え?私と同じ、ですよね?」

「うん?あ、歳?もー、四十のおばさん捕まえて何言ってるのよ」

「よ、よんじゅっ!?」


 びっくりして目を見開く。どう見ても私と同じ十八歳、いやもっと若く見える。日本人は歳が分からない、って友達が言ってたけど本当だったんだ……。


「こ、これが栄養バランスの力……」


 おののく私に対して、彼女は笑った。

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