ささくれとスイートポテト

黒いたち

ささくれとスイートポテト

 ささくれを千切ちぎると、長く深い傷になった。

 予想外の痛みと、にじむ赤い血。

  

 せっかくの金曜夜、ゆっくりと映画でも見ようと思っていたところに。


 ささくれを安易にむしる自分の横着さにためいきをつき、棚からばんそうこうを取り出したところで、スマホに着信が来た。


 親友のみおだ。

 通話ボタンをタップし、スマホを肩と耳ではさんだ。


『こんばんは、ゆずちゃん。今なにしてる?』

「ばんそうこう、巻いてる」

『ケガ?』

「ううん、ささくれ」


 あら、と澪が弾んだ声をあげた。


『グッドタイミングね。いいものがあるから、うちにおいで』




「呼ばれてホイホイ来る女だと思うなよー!」


 澪宅の玄関口で両手をひろげれば、心得たように澪がハグしてくれる。


「いらっしゃい、ゆずちゃん」

「きちゃった」

「うんうん、待ってたわよ」


 ギューッと三十秒ほどハグをして、ようやく私は澪から離れる。

 代わりに、手に持っていた袋をかかげる。


「お土産は、加賀梅酒と加賀鳶かがとびです」

「あら、じゃあ私はおつまみでも作ろうかしら」

「やったー! おじゃましまーす」


 遠慮なく、ずかずかと澪宅にあがりこむ。

 プンと甘い匂いがした。


「いいにおいする」

「ちょうど蒸せたところなの。ではゆずちゃん、レッツ、クッキング!」

「おー! ……て、何つくるの?」

「スイートポテト」

「好き」

「私も! ゆずちゃん、大好きだよ」

「え、わたしも大好き」


 アホなことを言い合い、目でうなずき合う。

 このなんでもあり感が、たまらなく楽だ。


 澪が蒸し器からさつまいもをトングでつかみ、ボウルにぽいぽい入れていく。


「まずは皮むき。つまようじで縦に一本線を入れ、キッチンペーパーでこすればむけるわ。ヤケド注意ね」

「はーい。このさつまいも、黄色いね! かぼちゃみたい」

安納芋あんのういもよ。ねっとりして甘みが強いから、バターを加えるだけでスイートポテトになるの」

「匂いで、もうわかる。これ絶対うまいやつ~♪」


 歌いながら、さつまいもの皮をむく。

 澪がヘラを渡してきたので、すなおに受け取る。


「じゃ、適当に潰しておいて。私は山芋を焼いてめんつゆを絡める仕事があるから」

「りょうかいです!」


 敬礼をしあい、それぞれの仕事にとりかかる。

 安納芋は、潰すごとに甘い匂いが立ち昇る。となりからは山芋の焼ける匂いと、めんつゆが焦げる音。


「おなかすいてきた」

「ゆずちゃん、潰せたら、バター適当に入れといて」

「うぃ~。冷蔵庫、しつれーします」

「ドリュール用に、タマゴも出してね」

「はぁい」


 澪のバターは、5gずつに切れている。

 さつまいもの量から、とりあえず50g入れてみた。

 さつまいもの熱で、バターがどんどん溶けていく。


「バターとさつまいものコラボ臭、最高だな」

「でしょう。アルミカップは、その棚の一番下よ」

「トースターで焼く?」

「ええ。オーブンより楽でしょ」


 スプーンで生地をすくい、アルミカップにデンと乗せる。

 表面を、スプーンの背でならせば、きれいな舟形になった。

 

 せっせと成形していると、手の空いた澪が参戦してきた。

 その慣れた手つきに感心しながら、わたしは無駄口をたたく。


「余った生地、食べていい?」

「はい、あーん」

「ん。……おいしっ!! 安納芋、神じゃん!」

「そうでしょ」


 得意げな澪は、新しいスプーンをとりだして、また成形作業に戻る。

 余計にひと手間かかることよりも、わたしに食べさせることを迷わず優先させてくれた。


「なんかわたし、愛されてる?」

「愛してるよ!」

「わたしも!」


 また軽くハグをする。

 スプーンの汚れが相手に付かないよう、おたがいに腕を遠くに伸ばしているのがおかしい。


 そんなくだらないことを繰り返しながら、スイートポテトを焼き上げた。




 安納芋あんのういもスイートポテトは、売れるレベルで美味しかった。

 バターのコクとドリュールの焦げ目が、なめらかなさつまいもの甘味と相まって、上品かつ素朴な味に仕上がっている。まるで老舗の高級スイーツだ。

 砂糖を使っていないから、罪悪感ゼロでパクパク食べてしまう。


 梅酒を味わいながら、山芋焼きをかじる。

 最高のくみあわせに、しあわせなため息をついた。


「サキイカもあるわよ」


 澪が、大皿にどんと出してくれる。

 その量に笑いながら、ふたりでグラスを傾ける。


 宴もたけなわな頃、わたしはふとした疑問が浮かんだ。


「ねぇ、澪。スイートポテトって、ささくれにいいの?」


 野菜だから、悪いことはないだろうけど。ささくれにスイートポテトは、聞いたことがない。

 

 澪は清酒をこくりと飲み、まばたきをしてから、ああ、と立ち上がった。


「忘れるところだったわ」


 そういって、テーブルに小さなチューブを置く。10センチほどのそれは、空色に桜のパッケージだ。


「桜の香りのハンドクリーム。二個もらったから、一個あげるわ」

「え、うれしい。ありがとう」


 さっそく開けて、手に塗りこむ。スッとなじんで、べたつきが少ない。


「いい香り~。心のささくれも治りそう」

「あらら。それは今日ここで吐き出していくべきね」

「……仕事の愚痴になるけど」

「はい、どうぞ」


 そんなことを言ってくれるもんだから、私は今週の出来事を片っ端から話す。

 潤った私の手からは、やさしい桜の香りがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれとスイートポテト 黒いたち @kuro_itati

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説