昔話をしましょうか

シンカー・ワン

尼さん

 迷宮保有都市バロゥの夜は更けて、冒険者御用達宿アドベンチャラーズ・インのいつもの部屋では借主たちが就寝の仕度中。

 四人部屋の、ひとつ空いていたベッドが埋まって結構な日々が経ち、四人で過ごすのに馴染んでいるのを感じるこの頃。

 局所鎧ローカルアーマーを脱ぎ散らかし、下履き一丁でベッドに腰を掛けた熱帯妖精トロピカルエルフが、思いついたら何か言いだすのはいつものことで。

「なーなー、尼さんはなんで冒険者になったんだ?」

 ウィンブル頭巾を外し淡い金のショートボブを晒したところへ声をかけられた女神官尼さん

 なぜ? って顔をしてうかがえば、

「んー。付き合いはそこそこあったのに、そういう話してなかったかなって」

 屈託なく笑顔で返す熱帯妖精。

「ちなみにウチはな~」

 訊かれてもないのにペラペラと自分語りを始める熱帯妖精。このマイペースっぷり、まぁいつものことか。

「――という感じ。ほれ、お前も」

 熱帯妖精の暴走をいつものことと流していたら、突然振られてしまう忍びクノイチ

 柿色の忍び装束を脱ぎ下着姿になったところでの不意打ちに、抗議を込めたまなざしを送ってみるも、

「相手の名を訊くときは先に名乗れっていうじゃんか。まずはウチらが話すんが筋ってもんだろ?」

 だから話せと、屈託なく催促する熱帯妖精。

 なんでって表情を浮かべるも、視界の端でどこか申し訳なさげに自分を見ている女神官に気づくと、

「自分は……」

 不承不承に己が過去を口にした。


「じゃあ、次はねぇさんだな」

 忍びが語り終えると、寝衣に着替えベッドに入って上半身を起こしている女魔法使いねぇさんに振る熱帯妖精だったが、

「彼女には前に話したことがある」

 と、女魔法使いにすかされてしまう。

 ずるいな~とか言いながら、期待を込めた視線を女神官へと向ける熱帯妖精。忍びもそぉ~っと聞き耳を立てる。

 女神官は女魔法使いへうかがいを立てるような視線を送り、彼女がうなづくのを確かめてから、フゥッと息をついてベッドに腰かけ、

「……あまり聞いて面白い話じゃないですよ?」

 と断ってから語りだした。


 女神官は戦災孤児だった。

 西北辺境の小国同士による武力衝突に巻き込まれ、住んでいた街を焼かれ国から追い払われ、放浪中に家族の何人かは亡くなり、いつの間にか離れ離れに。

 難民として辿り着いた小さな町で、大地と豊穣の神ボゥインの神殿に拾われたのは彼女が十歳のとき。

 その神殿は何かおかしかった。

 四十がらみの神殿長の他に男手がなく、四人居た尼僧はくたびれた感じなのに妙に艶めかしかった。

 居させてもらうために子供ながら彼女は良く働いた。尼僧たちは憐れみながらも優しくしてくれていた。

 自分を見る神殿長の目に、言葉にしがたい嫌なものを感じることがあったが、それが何なのかはよくわからないまま月日は過ぎる。

 十三の歳になった夜、神殿長の部屋に呼ばれ凌辱された。

 向けられていた視線の意味と、ここが神殿長の漁色の場であることを身をもって知ったのである。

 十代前半と神殿内では一番若く彼女は、朝昼夜所関係なく神殿長に弄られ続けた。

 襲われてから数か月後、月のものが来ず妊娠したことが発覚するも強制的に堕胎させられる。

 子宝を尊ぶ大地神に仕える者が、胎児殺しをする非道。

 だかここはそれが当たり前の小さな世界で、彼女を含む尼僧たちが仕えるのは神ではなく、神殿長という人の姿をしたケダモノだった。


 女神官の過去に言葉を失う熱帯妖精と忍びへ、

「北方とかの僻地には、こういうのですよ」

 さらりと言いのける女神官に、同意するようにうなづく女魔法使い。  

 

 彼女尼さんの話は続く。

 強制堕胎から半年ほどしたある日、朝から神殿を空けていた長が、まだ幼さの残る少女を伴って帰ってきた。

 まだ就業年齢前の少女に、彼女は過去の自分を見出す。

 すでに絶望にまみれていた彼女だったが、無垢な少女が神殿長のお手付きになろうとした際、激情にかられ長を手にかけてしまう。


「燭台で頭を後ろから思いっきり、何回か叩いたら動かなくなりました」

 身振り手振りを交えて言葉を続け、

「――正直、スカッとしましたね。なんでもっと早くやらなかっんだろうって」

 仄暗い笑みを浮かべる女神官。


 事態を知った先輩尼僧たちに促され、彼女は神殿から出奔する。

 流れ流れて近隣の大都市へたどり着くと、清廉なボゥイン大神殿に自分の居た神殿の状況と長を殺してしまったことを告解した。

 大神殿はすぐに動いて小さな町の神殿を取り潰し、囲われていた尼僧たちを解放。

 いくつかの罪を犯した彼女ではあったが、陥っていた状況から人の法ではなく神の裁きに委ねることになった。

 ……ボゥイン教団内での不祥事を表に出さない処置とも取れるが、彼女は受け入れる。

 大司教による神への祈りが聖堂で響くの中、彼女は初めての声を聞いた。

 大地と豊穣の神ボゥインから下された神託は『他に尽くせ』

 大司教は「神殿に留まらず世に出て多くの人の力になりなさい」と、奇跡の代行者となった彼女を送り出した。

 

「体のよい追放処分で……まぁ、そんな訳で冒険者ですよ」

 悲壮感を全く感じさせない、あっけらかんとした声音で女神官。

「いろんな土地を回って、いろんな依頼受けて、自分にできることをしてきました」

 あなたたちと知り合った仕事もその中のひとつでしたね。と付け加え、

「彼女とは妙に気があったので、縁があればいいなとは思っていたのですよ」

 女魔法使いに顔を向け、

「ま、声がかかるまで、けっこう待たされましたけど」

 いたずらっぽく放つ。

「――それについては申し訳なかった」

 言われた女魔法使いは苦笑いするしかない。

 ささくれまくり身心ともに深く傷ついた過去を、笑い話にまで昇華する心の強さに感嘆した忍び。

「その……上手くは言えないのだが」

 思わず声をかけてしまう。

「自分は、あなたを人として尊敬する」

 生真面目な性格そのままな言葉に、女神官は好感でほおを緩め、

「ありがとう。――うれしいわ」

 花のような笑顔を見せた。

 一方、途中からずっとうつむいたまま話を聞いていた熱帯妖精だったが、腰かけていたベッドから下りフラフラと女神官に近づく。

 肩を震わせながらあげた顔は、嗚咽を堪えてグチャグチャだ。

「あ、あまさんっ。グスッ。たいへん、だったなぁ。ズズッ。がんばったん、だなぁ」

 涙と鼻水でくしゃくしゃになりながら、女神官を称える言葉を絞り出す。

「けどっ、もうひとりじゃ、ないぞ。ズズーッ。ウチらがいるぞっいっしょだぞっ」

 真っ直ぐな気持ちの込められた言葉に驚きつつも嬉しさがこみ上げ、女神官の目尻にうっすらと涙が浮かぶ。

「――はい。はい、そうですね」

 どちらからともなく手を広げ、抱擁しあう女神官と熱帯妖精。

 慈しみに満ちたその光景に、忍びもつられて涙腺がゆるむ。

 皆を見守る女魔法使いも優しい笑みを浮かべて、一党パーティのこれからに安心を覚えるのだった。 


 

 

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