【KAC20243】わたし、この箱と結婚します!

ほづみエイサク

わたし、この箱と結婚します!


《箱思う ゆえに 箱を愛す》



 幼馴染の部屋に入ると、そんな掛け軸が目に入った。


 少年は何度も出入りしているけど、こんな掛け軸は見たことがない。



(不思議だ)



 だけど、あまり気にする様子はない。


 幼馴染の奇行はいつものことだからだ。



「わたし、このひとと結婚します!」



 だけど、今回の奇行はあまりにも、奇妙奇天烈不可解怪奇すぎた。


 幼馴染の少女は、愛おしそうに箱を撫でている。



「何を言い出すんだよ!?」



 少年が半狂乱に叫ぶと、幸せそうに目を細めた。



「私、このひとのことが好きになっちゃったの。

 ううん、最初から一目惚れだった。

 私はこのひととずっと一緒にいたい」

「いや、頭大丈夫か?」



 少年は冷ややかな目を向けた。


 ちなみに、その箱は少年お手製の竹細工で、かなり不細工だ。

 本人は出来栄えが気に入っておらず、すぐに捨てようとした。

 だけど、幼馴染に強奪されたのだ。



「一応訊くけど、そのはこのどこがいいんだよ」

「確かにブサイクで弱くて、」

 


 幼馴染は箱の角を撫でまわしながら、しっとくりと言う。



「だけど、このひとが一番気持ちよくしてくれるの」

「ゴホッ!」



 衝撃のあまり、少年は咳き込んでしまった。



「何をいってるんだ!?」

「なにって、オナ――」

「はっきり言おうとするな!」



 少年が慌てて遮ると、幼馴染は白い歯をむき出しに笑った。



「いひひひひひひひひ」



 幼馴染の特徴的な笑い方だ。

 ちなみに少年は、冗談の時の笑い方だと気づいている。



「それよりも、あの件だよあの件!」

「あの件って?」



 幼馴染のとぼけた表情に、少年はしびれを切らした。



「僕、告白したよね!?」



 きっかけは友人の一言だった。



『お前の幼馴染ってかわいいよな。胸も大きいし。

 下品な笑い方をするけど』



 幼馴染は中学校に進学したことで、男子に注目されるようになっていた。


 小学生時代はボーイッシュな雰囲気で、常にパンツスタイルだった。


 だけど、中学校になると制服を着て、一気に胸も大きくなって、どんどん魅力的に育っていった。


 恋愛感情とかはよくわからなかったけど、他の誰かが幼馴染の恋人になるのが許せなかった。

 だから「お前がいいなら、付き合ってやるよ」と告白したのだ。



「えー、わからないの?」



 幼馴染は挑発的な笑みを浮かべながら掛け軸の前に移動した。

 それかた、衝撃の行動に出る。


 ブチッ、と。


 竹細工でできた箱。

 その蓋を取ってしまったのだ。



「はあ!?」



 さっきまで好きだと言っていた箱を壊す。

 しかも、製作者の本人の前で。


 少年からすると、唖然とするしかなかった。



カンジ・・・とってくれると嬉しいな」



 幼馴染はそう言うと、壊した箱を学習机の上に置いた。


 学習机の上には、他に一冊の漫画が置いてあった。

 学園で暗号皇帝を目指すお話で、完結した時はかなり悲しんでいた。


 そう。幼馴染は最近、暗号にハマっているのだ。


 それから――



《箱思う ゆえに 箱を愛す》



 そう書かれた掛け軸を、幼馴染はチラチラみている。


 だけど、少年は目を白黒させるばかりだ。

 本当に気づいていないのだろう。



《箱思う ゆえに 箱を愛す》



 竹の『箱』から竹の蓋(竹かんむり)を取り除くと、『相』という一文字ができる。



《相思う ゆえに 相を愛す》



 幼馴染は言っていた。


 カンジとってくれると嬉しいな。

 カンジ つまり、漢字

 漢字とる。

 漢字を取る。

 ひらがなだけでは文にならないから、漢字だけを見るのだろう。



《相思      相 愛》



 つまりは――



《相思相愛》



 平たく言ってしまえば、告白OK。



 きっと少年が聞きたかった言葉だろう。

 だけど、相変わらず彼には全く気付く様子はない。


 それどころか――



「何言ってんだよ、一体! 意味わかんねえよ! はっきり答えろよ!!」

「だから答えてやってるじゃん!」

「どこがだよ! さっきから意味不明なことばかり言いやがってっ!」

「あんたが鈍いのが悪いんでしょ!?」



 ケンカを始めてしまった。


 幼馴染の部屋にいたダックスフンドは、不機嫌そうな顔をしながら逃げ出した。



「はあ!? ありえない! アンタなんかを好きになるモノ好きなんて」

「それはこっちのセリフだ!」

「なんですって!?」



 ついには取っ組み合いのケンカにまで発展した。

 少年の方が力が強く、幼馴染をベッドの上に押し倒してしまう。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、全力で抵抗して、少年の金玉を蹴り上げた。


 その衝撃で、机の上の箱が落ちて、中身が飛び出てしまう。


 幼稚園時代に贈られたおもちゃの指輪。


 この二人がくっつくのは、まだまだ時間がかかりそうだ。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いや、気づくの無理だろ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20243】わたし、この箱と結婚します! ほづみエイサク @urusod

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ