すべての道はきっとどこかに通じているー黒歴史3

那智 風太郎

 Solo Chase

 東北の片田舎で大学生をしていた頃の話です。

 

 ある日の夕刻、僕は車で先輩の家に向かっていました。

 大学生なのに自家用車を所有していたなんて贅沢だと思われるかもしれませんが、それは卒業生から譲り受けた、というか廃車処分が面倒だからという理由で押し付けられた走行距離10万キロ超えのオンボロハッチバックで、当然ながらナビゲーションなども付いていません。

 それどころか窓の開け閉めはパワーウインドウ。

 そんな車で幹線道路を直走ひたはしっていた僕の車は運悪く帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれてしまったのです。

 かなり焦りました。

 先輩と交わした約束の時間まであと十五分。

 遅れることを伝えようにも僕は携帯電話さえ持っていませんでした。

 その先輩は決して悪い人ではなかったのですが、とても生真面目で時間にもかなりうるさい人だったのです。

 しかも要件は部活の会計報告について。

 連絡なしに遅刻などすれば立場的にどれほど責められるか分かりません。

 公衆電話を探して電話を掛けようかとふと頭に浮かびましたが、よく考えると僕は先輩の電話番号を覚えていません。

 そしていくら焦ってみたところでノロノロした渋滞が解消するわけもなく、僕はハンドルを小刻みに指で弾きながら、少し先で灯り続ける忌々しい赤信号を睨みつけていました。


 そんな信号をようやくいくつか通り過ぎた矢先のことです。

 約束の時間まであと七分。

 三台ほど前を走っていた白いセダンがちょっと急な感じで左折しました。

 その様子に僕はハッと気がついてしまったのです。


 きっとあの車のドライバーは抜け道を知っているのだと。

 おそらく小道を縫って渋滞の先に抜ける方法に心当たりがあるのだと。


 僕はほとんど反射的にウインカーを点けて左折していました。

 もちろん多少の不安は過りましたが、それも一瞬のこと。

 もうこの直感に賭けるしかないと腹を括りました。

 すると視界にとらえた白いセダンはしばらく住宅街を突っ切った後、僕の思惑通り右折して田畑に面した一本道の農道へと入り込んだのです。

 幹線道路に並走する形になったことに僕はほくそ笑みました。

 さらにこんな便利な抜け道を知らないなんて、と今も渋滞にイラついている他のドライバーたちを軽く嘲りました。


 この感じならギリギリ時間に間に合いそうだ。


 僕はホッと胸を撫で下ろし百メートルほど前を行くセダンの後ろ姿を鼻歌まじりに追って行ったのです。


 その一本道を五百メートルほども走った頃だったでしょうか。

 わりと広めだった農道がだんだん狭くなり、やがて対向車が来ても離合できないほどの道幅になりました。

 それにバックミラーを覗いても、あいかわらず後続車はいないようです。

 さすがにちょっとおかしいなとは感じました。

 いくらレアな抜け道でもあのセダンのドライバーだけが知っているなんてことがあるだろうか。

 僕はその懸念を振り払おうとブンブンと頭を振りました。

 いや、今は自分の選択を信じるしかない。

 それに「すべての道はどこかに通じているはず」などとありもしない厨二的な格言を思い浮かべながらひたすらに前方のセダンを追ったのでした。


 そうして数分後、愚かな僕は一軒の民家を前に呆然とすることになったのです。

 それは大きな家で、見たところおそらく農家の屋敷だと思われました。

 白のセダンは開いた門を抜けて敷地内に入り、すでに姿は見えません。

 代わりにドライバーのおじさんがその門のところで仁王立ちになり、アイドリングしている僕のハッチバックを睨みつけています。

 周囲を見回しましたがそこから先に続く道などどこにもありません。

 ようやく全て分かりました。

 通ってきた道はこの家の専用道路。

 いや、専用ではないかもしれないけれど(数百メートル前に曲がり道があった……ような気がする)、とにかく道はこの農家へのホットラインだったのだと。


 おじさんが不審がるのも当然のことです。

 後ろをずっと着いてくる見慣れないグレーのハッチバックは相当に気持ち悪かったに違いありません。

 門扉の前にはUターンするスペースもありませんでした。

 おじさんに事情を話して敷地内で車を回させてもらおうか。

 しかし当時の自分はかなりのコミュ障で口を真一文字に結んで睨みつけてくるおじさんにそんなことを言い出せるはずもなく、僕はやむなくクラッチを踏み(マニュアル車だった)シフトをバックに入れて、それから座席のヘッドレストに片腕を回して(当然、バックモニターもありません)ノロノロと後退を始めたのです。


 すでに日が落ちていました。

 夕焼けも消えかけて辺りは薄暗く、農道には街路灯もありません。

 目を眇めながら僕はたっぷり二十分以上かけて必死の思いで車をバックさせ、ようやくUターンできる場所にたどり着きました。


 もちろん先輩はその疲労困憊で小一時間遅刻した僕に全く容赦の無い説教を喰らわしてくれました。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべての道はきっとどこかに通じているー黒歴史3 那智 風太郎 @edage1999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ