杏野屋の響き〜兎の手鞠歌〜

水長テトラ

杏野屋の響き~兎の手鞠歌~




「これが、今日引き取ってきた代物しろものだ」


 白い龍虎が睨み合う螺鈿らでんのテーブルに、スズさんが転がしたのは昔の子供が遊びに使っていたような手鞠状てまりじょうの円い物体だった。

 手鞠というともっと可愛らしく華やかな柄でいろどられているイメージだが、この手鞠の柄は妙に歪んでいて不気味だった。


「何ですか、これ?」

「何だろうなぁ、これ」

 

 二人そろって首を傾げる。


 俺の名前は古里高陽ふるざとこうよう。大学二年生で、このアンティークショップ杏野屋あんのやには週四のバイトで通っている。

 店主の杏野スズさんは、素性も年齢も不詳で聞く度にころころ回答が変わる。性別は……聞いたことないが、鈴のような声色と栗色のさらさらとしたロングヘアーに女性用の着物を艶やかに着こなす姿は完全に女性に見える。


 雇われてから知ったのだがこのアンティークショップ、やたらといわくつきの代物ばかり扱っている。

 スズさんいわく、「よそでは引き取ってもらえないような問題児を預かるのがウチの仕事だ」らしい。

 俺はまだ直接見たことはないが、先輩店員からスズさんは骨董品に憑りついた悪霊の除霊も請け負っていて、その稼ぎで趣味の骨董品店を赤字経営していると教わったことがある。



 今日の手鞠は修復しても売り物になるのかどうか分からないほど柄も形もいびつで、色もくすんでいて汚い。

 主に茶色の部分と白い部分があって、どっちも黒い斑点はんてんまみれだ。


「コヨ君、鞠つきだ。ひとつ鞠をついてみてくれ」

「……俺がですか?」

「他に誰がいる」


「俺は鞠つきなんかしたことないし、一応商品になるかもしれない物を粗末に扱うわけには……なんでスズさんが触って調べないんですか?」

「私みたいなキツい力が触ったら、中の奴が暴れてしまうからね。霊力のない子が遊んであげて安心させた方がいい」


「その言い方……中に何か入ってるんですか!?」

「そろそろ君にも経験を積んでもらいたかったからね、こういうのも勉強のうちだ。な~に、私がついているんだ。バスケのドリブルだと思って気楽についてごらん」


 仕方なく俺は恐々こわごわと鞠つきしてみる。

 最初の数回は普通の鞠のように軽々と弾んだが、段々重みが増して弾む高さが下がっていく。

 とうとうついても跳ねずに床を転がるだけになってしまった。拾い上げてみると表面の柄の糸がほどけて、ささくれ立った何かが中から突き出ている。

 つついてみると、木のように硬い。


「結構もろいみたいですね、これ以上鞠つきしたら壊れちゃいますよスズさん」

「うん……そこまでだ、コヨ君。後は私がやる、貸しなさい」

「え?」


 スズさんが人差し指を天井に向けると、手鞠が俺から離れてすーっとスズさんの足元まで転がっていった。


 すると鞠の中から白い兎と茶色い兎が出てきた。それも何匹も。掌大程度の大きさでしかない手鞠の中から、ふわふわもこもこで毛並みがいい兎たちが赤い鼻をぴくぴくさせて這い出てくる。


「わっ、わわっ!? スズさんこのウサギいったい……」

「手鞠に封じ込められていた動物霊だ。安全に祓えば悪霊にはならない、じっとしてなさい」


 スズさんが手を組んで印を結び、呪文を唱えると、まるで生きているようにつやつやした瞳の兎たちはすーっと霧のようにかき消えていく。

 

「よし、もう大丈夫。コヨ君でも安全なように弱い波長の物を拾ってきたけど、いい子たちで助かったよ」


 床に転がった手鞠を拾い上げてみると、さっきまで重かったのが嘘だったように軽くなっている。


「はぁ……」

「どうしたんだい、いつも以上に変な顔して」

「俺、幽霊ってもっとおどろおどろしい怖くてグロくて不気味なイメージだったんですけど……生きてるウサギと変わらなくて、なんか拍子抜けしました」

「良い発見だね。怪異ってのは、何も人をおびやかしたり傷つけたりするような奴らばかりじゃない。むしろ人に脅かされたり傷つけられた奴らの成れの果てでもあるんだ」


「あのウサギたち、傷ついたようには見えなかったけど……生きてるウサギと変わらない、かわいい見た目でしたけど」

「それは君の心とあの動物霊が毒されきっていない証拠だ。あの動物霊にはまだ夢を見る力が残っていた。あの子たちが人への恨みを思い出したら、たちまち牙を剥いて飛びかかってきただろう。あのささくれはその予兆だ」


「ふうん……あのウサギたち、ちゃんと天国に行けたのかな」

天国極楽地獄辺獄てんごくごくらくじごくへんごく、そんなもの死んでみなければ分からないさ。行き先を決めるのは彼らで、私ができるのは現世は居るべき場所ではないと教えることのみ。そんなことより、この後飲みに行かないか? 結構な臨時収入が手に入ったんでね」


「スズさん……もしかしてこの手鞠をとんでもない悪霊付きだと称して除霊代ぼったくったんじゃ……」

「おお、こわいこわい。そんな狭量きょうりょうなこと言う奴には、自腹で飲み代払ってもらおうかな~?」


そう高らかに笑って細い背中で店を出ていくスズさんの後ろを、慌てて俺は追いかけていくのだった。



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