たかし君は箱ではありません。

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

1話

「はい、今日はたかし君が風邪でお休みなので、代わりにこの箱をたかし君としましょう。」

マリコ先生は黒い箱をたかし君の席の机の上に置いた。すると生徒の一人の女の子が手を挙げ、先生に言った。

「先生、この箱はたかし君に似ていません。たかし君は黄色だと思います。」

彼女の発言には周りも賛同していた。しかし、先生は断固として譲らなかった。

「いいえ、たかし君の本質はこの黒い箱です。」

女の子は先生の発言に反論する。

「確かに本質はそうかもしれませんが、結局はみんな表面的なところしか見ないので本質というものは結局は意味がないのではないでしょうか。」

小学三年生の女の子が言うことだろうか。この意見に周りのみんなも分かっているのか同意する意見が目立つ。そんな中、一人の男の子が震えながら立ちあがった。

「みんな、そうじゃないだろ!」

クラスの人気者の少しおせっかいの悠斗はこの状況に怒っていた。

「そもそも、たかし君の代わりを箱がするってなんだよ!おかしいよ!先生、たかし君は箱ではありません!!」

悠斗はたかし君と幼稚園からの付き合いで仲がとてもよかったので、たかし君を箱とすることを認めたくなかった。そんな意見をあの女の子が反論する。

「悠斗くん、あなたはたかし君の本質いえ、人間の本質を理解していない、しょせん箱なんですよ。」

女の子の人生二週目ぐらい達観したこの意見に他の生徒も啞然としたが、その後拍手が起きた。しかし、その後彼女は自分がミスしたことに気が付いた。

「しまった!」

「今、本質という言葉を使いましたね。つまり、あなたは本質を見ることを肯定しているのですよ。」

先生に論破され、女の子はぐうの音も出せなかった。これで今日、たかし君はこの黒い箱が代わりを務めることになった。悠斗は今でも納得がいってない。それでも先生やクラスメイトは箱をたかし君として扱った。

「はい、プリントを配ります。」

たかし君の分のプリントもちゃんと配られ、そのプリントは箱の中に入れられた。悠斗はそれを面白くなさそうに見ている。

「それでは、この間の算数のテストを返します。」

名前が次々と呼ばれ、たかし君の番となった。すると隣の席の男の子が箱を持って先生のところへとやってくる。

「はい、僕はたかし君です。あ、テスト15点だ。次はもっと頑張ります。」

返ってきたテストはまた箱の中へと入れ、席へと戻る。まるでお人形遊びのようだと、これまた面白くなさそうに悠斗は見ていた。給食の時間、悠斗は給食当番で大のおかずを入れる係で今日の献立は豚汁だった。

「あれ、君はさっき入れたよ。」

「いやこれたかし君の分だから。」

箱を持っていた。いやたかし君か、いや箱だ。箱を持っている。おぼんを持たずそれに皿もない。箱は開いている。おそるおそる悠斗は箱の中を見ると、今日の給食の献立が入っていた。ホウレン草のおひたし、枝豆ごはん、牛乳、豆腐ハンバーグ。配られたプリントやテストはぐちゃぐちゃで、酷い有様だった。

「いや、これはなんだよ。おかしいだろ、僕は嫌だ!」

「先生、悠斗くんがたかし君に豚汁くれません。」

「あら、悠斗くんどうしてそんな意地悪をするの?ダメでしょ!」

「だって、こんなのおかしいですよ、たかし君は箱じゃない!」

悠斗は思わず涙をこぼした。彼の切実な思いがあふれた結果だろう。しかし、先生は困った顔して、ため息なんかついてなだめる。

「分かった、じゃあ先生が入れるから自分の席へ座りなさい。」

「先生、そうじゃないでしょ!」

「いいから早く!」

先生は強い口調で悠斗を席へと座らせた。不服ではあったが、やはり小学三年で大人に逆らうのは中々難しいものである。結局箱の中には豚汁が入れられた。悠斗は箱を見てすごく気分が悪くなった。それでも悠斗は給食を残さず食べた。昼休み、いつもならみんなとサッカーやドッジボールをするのだが、とても悠斗はそんな気分になれなかった。そして教室には悠斗と箱だけしかなかった。悠斗は箱の前へ行き、拳を握りしめた。そして、思いっきり箱を殴った。中に豚汁などが入っていたので床がびちゃびちゃになっていく。まるで血が出ているかのように殴る度にビチャっと液体が飛び散る。机から落ちても悠斗は泣きながら両手で何度も何度も箱を殴っていく。そんな悠斗の姿をクラスメイトが目撃して、すぐさま先生に報告された。マリコ先生がすぐやって来て、悠斗を羽交い絞めにして殴るのを止めさせるが、悠斗はまだ殴りたい様子だった。そして悠斗は生徒指導室へ連れていかれ、そこに校長先生がいた。事情を聞いた校長先生は椅子に座ってる悠斗に顔を近づけ笑顔で柔らかく聞いた。

「どうして、たかし君を殴ったのですか?」

「たかし君じゃないからです、箱だからです。」

校長先生は困った表情をした。そんな困った表情は悠斗の拳を強く握りしめる。

「なんでなんですか、なんでそんな表情をするのですか!」

校長先生は聞く耳を持っていなかった。大変困った生徒で困ったと言いたいようだった。校長先生は深く溜息を吐いた。

「君は悪い子だ。友達を殴ったんだ。さぁたかし君に謝りなさい。」

悠斗がぼこぼこにした箱が豚汁や牛乳その他もろもろで濡れていて、箱とはいえなんだか痛々しい姿をしていた。それをマリコ先生が悠斗の膝の上に乗せる。すると悠斗はその箱を払いのけ、またしても箱に馬乗りの状態で両手で殴っていった。それは理由がどうであれ、おそろいかった。校長先生は後ろから悠斗に箱をかぶせ、ひっくりかえし、ガムテームで箱に閉じ込めた。

「うわー、暗い暗いよ!」

小さな穴は開いているのでそこから息はできる。そして扉が閉まる音が聞こえ電気を消された。この部屋には箱に入った悠斗一人の状態となった。


悠斗は泣いた、泣きじゃくった。なんでこんな目に合わなければならないのか、だってたかし君は箱じゃない。どれだけの時間が経ったのか、悠斗には分からない。しばらくすると狭い箱の中に慣れてきて、ゆっくり頭を整理する余裕が出来た。悠斗はあの言葉を思い出した。

「悠斗くん、あなたはたかし君の本質いえ、人間の本質を理解していない、しょせん箱なんですよ。」

悠斗は本質について考えた。たかし君の、人間の本質。

「今日はこの中にはプリントとテストと給食と、そのプリントは僕に必要なもで、テストは僕の成果で、給食は僕のエネルギーで・・・・・・。」


「そうか、結局今日僕がしたことも、ただ入れているだけにすぎないんだ。箱、箱と同じじゃないか、結局は何かを入れるんだ。学校は何かを入れに来ている、いや生きるそのものが———」


「おう、今はもう元気だからせっかくだし、ゲームでもしていかないか?」

「あ、ゴメン今日はいいや。これ私に来たから。」

「え、ああ、箱?なんかボコボコなんだけど、それに濡れてるし。」

「ゴメン、ゴメンなさい。」

「いや、べ、別にいいさ。」


箱の中身を見た時驚いた。気持ちが悪かった。でも悠斗の様子が心配だったし学校に行くことにした。学校へ行くと、悠斗が箱の中に入っている。

「こら、悠斗くんなんで箱に入っているの!?」

悠斗は箱の中からこう言った。

「人間だから、これが人間の本質だから。」

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たかし君は箱ではありません。 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

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