箱を運ぶだけの簡単なお仕事

かさごさか

お仕事って大変

「いいよ。今度から1人でやってみ?最初っから全部1人でやってみろよ」

「はい、」

「それで何かあったら謝ってやるよ。全部お前のせいですって言ってオレは頭下げりゃ良いだけだしさ」

「…はい」

「その『はい』って何?相槌?」

「えっと、……はい」


 ファストフード店の一角。会社員であろう二人組の会話を真横で聞きながら、三下みのしたは紙ストローから口を離した。中身が無くなり、少し香り付いた空気しか口に来なくなったからだ。空になったカップを持ったまま、もう片方の手でポケットからスマートフォンを取り出す。


 送られてきたのは1枚の写真。それと簡素なメッセージ。


『これ回収して来て』


 どこにあるのか、報酬は幾らなのか、詳細はわからないが三下は了承の返事を送り、メッセージアプリを閉じた。


 三下は定職に就いていない。こうして不定期にやってくる仕事で日銭を稼いでいる。内容はその時によって様々で、指定された場所に立っているだけだったたり、写真を撮って提出したり簡単なものばかりであった。

 その中でも特に多いのは、写真で送られてきた物を回収して指示された場所に届けるといったものである。


 トレーを返却し、ゴミを捨てた彼は袖口で唇を拭きながら店を出た。少年と青年の狭間にいる三下は、その奇妙な外見で少しばかり街から浮いていた。奇妙と言っても日本人離れした色の長髪をひとつに束ねているだけなのだが。

 空はすっかり暗くなっていたが、街灯やコンビニの明かりで道は照らされており歩く人々は空の色など大して気にした様子は無かった。


 昼間の賑やかさが抜けきらない大通りから外れ、歩道が無く街灯の間隔が広い道に出る。そこからまた角を曲がり、さらに細い路地へと進んでいくうちに三下は壁と室外機に挟まれていた。挟まれていたというのは第三者から見た客観的事実であり、実際挟まっている訳ではない。


 室外機の上には空の植木鉢が置かれており、その中には不自然なほど汚れも傷も付いていない綺麗な箱が入っていた。箱は三下の手のひらから少し余るくらいの大きさで、それなりに質量を感じる重さであった。


 それを取り出すとスマホが入っていない方のポケットへ入れる。指示されたモノは回収出来た。あとは届けるだけだ。


 三下はふと、後ろを振り向いた。彼が見たのは遠くに街灯が1本、その真上に電線が数本あるだけのよく見る光景であった。


 人ひとり立っているだけでギリギリなくらい細い路地を抜けると、その先には歓楽街が広がっていた。


 太陽の下では廃れた通りに見えるが、夜となればネオン煌めく秩序ある無法地帯へと一変する。娯楽施設と一括りにするには多少、常識を疑いたくなるような店もあるが、どこを見ても賑わっていた。

 スーツを着た集団、際どい衣装を身につけた2人組み、独特な発音で客引きを行う男。ここでは三下の奇妙な外見も溶け込むどころか、ありきたりなものとなってしまう。


 彼はポケットの中で存在を確かめるように箱を握りしめた。誰もが三下を気にしない。しかし気にしないからこそ気をつけなければならないのである。


 例えば、今、三下と肩がぶつかった男。あれはただの酔っ払いだろう。接触事故が起きたことに気づいていないのか、男は三下のほうを見ることなく歓楽街の雑踏へと消えていった。


 次に三下とすれ違ったバニーガール。彼女はどこかの組織に属しているのだろう。すれ違う際に三下のコートのポケットに手を突っ込んできた。一瞬、箱を横取りされるのではと思ったが、彼女はスマホしか入っていない方に【何か】を入れて人混みに消えていった。


 手探りの感触から、勝手にポケットに突っ込まれたのは紙くずだろうと推測しながら彼は歓楽街を歩く。関連してたぶんスマホに追加の依頼が来てるかもしれない。まあ、通知が来てたとしても確認するのはこの箱を届けてからになりそうだ、と三下は足を止めた。

 彼がたどり着いたのは、とある雑居ビル。階段を昇った先でドアに手をかける。鍵は開いていたが、中は電気が消え真っ暗であった。当然、人も居ない。


 真っ暗な室内だが、外が明るいおかげで机や椅子の輪郭がぼんやりと見えた。物音を立てないように摺り足でいちばん奥の机を目指す。

 机上に置かれているものまではわからないので、なんとなく真ん中っぽいところにポケットから取り出した箱を置いた。依頼主は留守のようだし、直接渡すような指示は受けていないので、置いておけば良いだろう。


 置いた次の瞬間、


「!」


手を掴まれた。そして三下の耳より少し上で、金属同士が軽く弾ける音がした。彼は驚きに見開いた目を固く閉じた。


 銃声。


 火薬の臭いがする。鼓膜を通して脳が痺れた。力を入れすぎた瞼はなかなか言うことを聞いてくれず、やっと目を開けた三下は室内の明るさに再び目を閉じることになった。


「――― どうしたの、ここ3階だよ?」


 後ろから聞き覚えのある声がした。まだ体が強ばっているのか、三下はゆっくりとぎこちなく振り返る。ドア付近には、雑居ビルの2階を仕事場としている雨原うはらがいた。三下に箱を回収して来るよう指示したのは、拳銃を片手に電気スイッチを触っているこの男であった。


 電気がついたことで、三下は手首を掴んできた者が死んでいることに気づいた。重そうなアクセサリーを身につけた見知らぬチンピラ風情が、頭から血を流していた。


「びっくりした…」

「いや、こっちもびっくりしたんだけど…」


 予想外の出来事に乱れた脈拍と呼吸をそのままに、三下は机上に置かれた箱を持ち上げて雨原へと渡す。まだ死後硬直が始まっていないのか、拘束された手首は割とすぐに自由になった。


「ん、これ」

「ありがとね。あと、事務所は2階だからね」

「間違えた」


 謝罪するわけでも、反省している様子を見せるでもない三下に雨原は「そっかあ」と苦笑し、箱を受け取った。


「ま〜場所まで指示してなかったもんな。ごめんごめん。それはこっちが悪い」


 そして、その場で中身を確認し始めた。

 蓋を開けると、箱の中にはスマートフォンが1台入っていた。


「ちょっとこっち持ってて」

「ん」


 雨原は中身を取り出し、三下に預ける。次に箱自体を調べ始めた。表面や底上げしている台紙など隈なく触り尽くし、二度ほど頷いた。三下からスマートフォンを回収して箱を元に戻す。


 箱の蓋が閉じた時、一連の流れをじっと見ていた三下が口を開いた。


「それ、誰の?」


 自分が所持しているスマホより新しそうに見えたのだろう。所有者もいなさそうだし、面倒な理由がなければ貰える可能性が大いにある。

 しかし、三下の浅はかな下心はすぐに打ち砕かれた。


「欲しいの?ダメだよ、遺留品だから」

「いりゅーひんって何」

「…大事な物ってこと」


 三下の新しいスマホを手に入れる作戦は失敗に終わった。


 3階の電気を消して移動しているあいだ、雨原はどこかに電話をかけていた。その後ろを三下がついて行く。

 恐らく先程出来た死体の処理でも頼んでいるのだろう。三下も新たに仕事が来ていないか、自分のスマホを確認する。特に新しい通知は来ておらず、先程バニーガールから一方的に押し付けられた紙くずには電話番号だけが書かれていた。その意図が理解できず、三下は紙くずを見て見ぬふりをすることにした。


 2階の事務所に入ると、時刻はとっくに日付を跨いでいた。時計を見た三下は窓1枚隔てた向こうの喧騒に戻るのは面倒だと思い、来客用ソファに寝そべった。そしてそのまま寝た。


 翌朝、出勤してきた雨原の助手に叩き起された挙句、盛大な舌打ちをされたのは言うまでもない。

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箱を運ぶだけの簡単なお仕事 かさごさか @kasago210

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