箱入り娘

帆尊歩

第1話 箱入り娘


「お母様。昼食の用意が出来ました」

「あら、今日は何かしら」

「おうどん」

「またシンプルね」

「一日のカロリー消費を考えると、こんな物よ。でもお母様、もう少し外に出て運動してくだされば、もう少しカロリーの高いお食事を用意しますけど」

「別にいいわ」

「お母様は、私と違って外に出られるんだから」

「真穂さんを置いて、外出なんて」

「さあ、お母様、おうどん召し上がって」

「いただきます。あらおいしい」

「お粗末様です。私、見方を変えれば。この家に軟禁されているような物ですからね」

「軟禁なんて人聞きの悪い。深窓の令嬢。いえ、せめて箱入り娘くらいに言ったら」

「お母様、箱入り娘は昼食のおうどんを作ったりしないわよ」

「仕方がないじゃない。あなた、お家の外に出られないんだから」

「それは分っていますけれど」

「家事くらいしないと、太ってタダでさえ醜い体が、さらに醜くなるわよ」

「ひどい言われ方ね」

「仕方ないじゃない。あなたがあまりに醜くて、お父様と相談して、ずっとこの家の中で守ろうと決めたんだから」

「でもそのせいで、あたくしは学校にも行けなかったし、一人のお友達もいない」

「それでいいのよ。あなたは醜すぎて学校なんかに行ったら、イジメの対象になってしまう」

「そうなのかしら。そんなに世界は酷いところ?」

「そうよ。うちはお父様が資産家で、この大きなお家であなたを守って上げられているけれど、あなたくらい醜い子は、誘拐されたり、石を投げられたり、集団で暴力を振るわれたり、女として最も辛い目に遭わされて、それを苦に自ら命を絶ったり、そもそもその場で命を奪われる子が、どれほどいたか」

「その話は何度も聞きました。感謝しています」

「真穂さん、あなたがこの家から一歩でも出たら、大変な事になるの。お父様も私もそれだけが心配で」

「だったら、こんなに醜く生まなければ良かったのに」

「そんな事を真穂さんは言うの」そう言って、母は急に泣き出した。

「お母様、ごめんなさい。そんなつもりではなかったの」

「ごめんなさい、あたくしこそ取り乱して」


私、高島真穂はこの家から一歩も出た事がない。

生まれたときから、私は醜く、家族以外の愛は得られないと言うのが母の口癖。

確かに、テレビやネットに出てくる女の子達は、明らかに私の顔と違う。

違う物を排除しようと言う考え方は容認は出来ないが、理解はしている。

理解はしているけれど、私はこの家から脱出する事を考えている。

私は、自分が醜いのは十分分っている。

でもたとえどんな状態であれ、私は外に出たい。

そのせいで、そんな不利益を被ろうとかまわない。まさか殺されはしないでしょう。


私は家出をした。

一応置き手紙をしたためる。

そこには私の思いを書き連ねた。

どんなに私が醜くて、人から蔑まれようと、私は外の世界で生きていきます。そこでどんな不利益を被ろうと、それは自己責任です。だから大丈夫。と


私は夕方に家を出た。

夕方だけれども、私の心は弾んでいた。

生まれて初めて出た世界、いつものお家の中ではない、外の世界。

私は踊り出したい気分で、普段お家では出来ない、スキップなどして見る。

でも、すぐに日が暮れてしまう。

仕方なく私は、一番安いビジネスホテルに泊まる。自分の部屋ではない所で寝るのは、初めてだった。

ビジネスホテルのフロントの男性は、私の顔を見るやいなや、息をのんだ。

そんなにも私は醜いのかしら。

でも良いの、そんな事は覚悟の上。

どんなに蔑まれようと、私は外の世界で生きていく。

お夕食は、ホテルの近くのファミリーレストランに入った。

もちろん初めて。回りの方々がチラチラ私の事を見ている。

そんなに醜いことが、めずらしいのかしら。

でもこれも精神修養よ。この辛さをはねのけてこそ、私はこの外の世界で生きていける。


次の日、目が覚めると、私はいつもの景色と違うことにひどく戸惑った。そうだ、私は家出をしたという事をもう一度思い出す。

ホテルをチェックアウトすると、街へ出た。

歩く度に、人々が私を見る。酷い世界、そんなに醜いことは悪なの。何もしていないのに。私があなた達に何かしまして?まあ視線に入るだけで、気分が悪くなるなんて言われたらどうしようも無いけれど。


「君、名前はなんて言うの」美しい男性が、私に声を掛けてくれた。

醜い私を養護してくれるのかしら。

「私は、高島真穂と申します」

「真穂ちゃんか。君はなんて美しいんだ」

「私が美しい?何のご冗談を。そんな戯れ言は、蔑まれるより気分が悪いです」

「戯れ言なんて。たしかに、君はなかなかいない人だよ。でもだからこそ、君の美しさは際立つ」戯れ言を言っているのはたしかだけれど、言葉は誠実で悪い人ではないというのは分った。でもだからこそ、私は言い返した。

「おっしゃっている事が分りません。美しいと言うのは、あなたみたいに、頬が膨れてないといけないでしょう。

私の頬は、細く顎に向かってとがっている。髪の毛だってあなたのように薄くないと、なんなら剃ってしまう方が良い。

私のように、たくさん生えていて、背中までストレートの髪の毛なんて、気持ち悪いだけでしょう。

体だって風船のように膨れていないと、私のように細くて、胸とお尻しか出っ張っていないなんて、嫌悪の対象でしかない。

特に顔、目だってあなたのように厚いまぶたで目が見えるか見えないかくらいが良いのに、私の目は大きくてはっきり見える。

鼻だってあなたのように丸く大きくないと。あたくしの鼻は小さくとがっている」

「確かに君の顔はみんなと違う。醜いというのは言い過ぎだ。せめて美しくないくらいだ。でも、感覚的に君の顔を見ていると、美しいと感じてしまう。それがなぜなのか分らない。でも美しくないはずなのに、美しいと感じてしまう。君の顔は不思議だね」

「何だか、褒められているのかけなされているのか。でも、全面否定をしてくれないことには感謝します」


それから、あたくしは、この美しい男、神野に連れられて、グラビアや服のモデルなどをするようになった。

なぜ、私のような醜い人間を起用したのか分らない。もしかしたら、私の醜さをさらして面白がっているのかしら。

そうは言っても、私は、自分の働いたお金で、今生活が出来ている。

やっと私は、両親から自立できた。


私は露出が多くなると、仕事は段々に忙しくなり、様々なメディアに顔を出した。

いつしか私は、自分がもしかしたら美しいのでは、と感じるようになっていった。


「真穂さん、あなた大丈夫なの」と母が言う。

その日私は、家出してから初めて、家に帰った。

「大丈夫よ、お母様。私はそこまで醜くなかったみたい。みんな言うの、真穂ちゃんは美しいと」

「それは物珍しいだけよ」

「でもお母様、私これまでひどい目にあったことないわ。お母様は、家の外に出たら私は生きていけないと言っていたけれど」

「それならいいけれど」


「真穂ちゃんゴメン。もう帰る時間だよね」神野の事務所で、もう後は帰るだけという時、事務の向井さんが私に声を掛けた。

「はい」

「実は送り迎えの佐藤さんが渋滞で、まだ来れないの。少し帰るの遅れるけど良いかしら」

「別に、なら私、一人で帰れますよ」

「ダメダメ、一人で電車なんて、危ない」

「危ない?」

「ああ、真穂ちゃんは知らないからね。神野さんは言うなって言うんだけれど、でもあなたも知っておいたほうがいいかな」向井さんはそう言うと、私にWEBのページを見せた。そこには私の悪口が書かれていた。

お高く止まっているんじゃない。

綺麗だから何でも許されると思うな。

お前の綺麗さなんて、まがい物だ。

その言葉が、私には理解出来なかった。

お高く止まると言うのはどういう状態。

綺麗と言うけれど、私は自分が綺麗だとは思った事がない。何の事か分らなかったけれど。ただ私に対して良くない感情があるというのは、事実のように感じた。

私は事務所を後にした。

向井さんは、全力で止めたけれど、もう子供じゃない。

私は家路についた。


家への近道で、私は裏路に入ってしまった。

そして暗くはないけれど、人気のないところだった。

そこにさしかかると、私は、数人の男女に囲まれた。

いつから後をつけられていたのかは分らなかった。

「なんであんただけが、そんなにも美しいんだ」一人が私にそう言った。

「美しくなんかない」と私は言い返した。

「本気で言っているのか」

「だって、あなた方の方がよほど美しい。私には、あなた方のような光が照り返る頭はない。だって、こんなにストレートの長い髪に覆われてしまっている。あなた方のような美しい、まあるい体もない、私は細く、胸とお尻しか出っ張っていない。

あなた方のように、お団子のような鼻も、目を覆うくらいのまぶたもない」そう言うと急に怒りだして、私に殴る蹴るの暴行を加えた。

醜いことは、こんなに悪いことなのかしら。遠のく意識の中で、やはり私はお家から出てはいけなかったのかしらと考えた。あの安全な箱の中にいたほうが良かったのかしら、箱入り娘のままで良かったのかしら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱入り娘 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ