探しもの
西しまこ
咲良と颯太
「箱、箱がない‼」
「どんな箱?」
「あ、いや、ちょっと」
そう言って、颯太は咲良の前から逃げるようにしていなくなり、また違う場所をごそごそと探し始めた。
怪しい。
あたふたとする颯太を見て、咲良はもやもやとした黒いものが胸の中に湧き起こるのを感じた。
咲良と颯太はつき合って三年、同棲して一年の恋人同士だ。
最近、そう言えば帰りが遅かった。スマホも手放さないし。
「どこやったのかなあ」
颯太はつぶやくようにして言いながら、また咲良の近くまで戻って来た。
――何よ。いったい、何を探しているのよ。
「ねえ、どのくらいの大きさなの?」
「……小さいんだ」
そう言えばこの間、繁華街で颯太を見かけたと、友だちに言われた。そのとき、颯太に「何をしていたの?」と聞いても曖昧にかわされた。
――ねえ、何をしていたの? あのあたり、少し行くとラブホがある。……浮気?
咲良は胸を押さえながら、颯太を見つめた。颯太は相変わらず何かを探している。
「どうしよう」
困り果てた颯太を、咲良は冷たい目で見た。
颯太からつき合って欲しいと言われて、すごく嬉しかった。わたしも好きだったから。すごく仲の良いまま二年つき合い、いっしょに住むことにした。いっしょに住むって、ほんとうに嬉しかったのに。そして、この一年、すごく楽しかったのに。そう思っていたのは、わたしだけなの?
咲良の目から涙がぽろりとこぼれた。
わたし以外に好きな人が出来たの?
――そう言えば、少し前、スマホを見ている颯太に「何を見ているの?」と、何気なく訊いたことがあった。いつもなら、「これ見てよ! おもしろくない?」とそのとき見ていた漫画でも動画でも見せてくれるのに、そのときは「な、なんでもないよ!」と焦ったように言われ、画面は閉じられてしまった。
他に好きな人が出来たんだ、きっと。
咲良の目から、もう一粒こぼれそうになったとき、「あった‼」という颯太の大声が室内に響いて、咲良の涙はひっこんでしまった。
颯太が満面の笑顔で咲良の前に現れた。
「よかった! 間に合った‼」
「間に合ったって、何が?」
「つき合って三年の記念日に」
「……覚えていてくれたの?」
「当たり前じゃん! お祝いしたくて。でも咲良、仕事が忙しそうだったから、サプライズにしようと思っていたんだ」
「サプライズ?」
「うん。――あの、これ。探していたのはこの箱なんだ」
「かわいい色」
「でしょう? ね、咲良、開けてみて」
咲良は箱を開けた。箱の中にはさらに箱があり――これはもしかして。
ジュエリーケースにしか見えないそれを、ぱかっと開ける。
指輪だ。
「はめてみて! ぴったりのはずだよ。調べたんだ。みんなに聞いて!」
颯太は胸を張った。
「ねえ、咲良。僕と結婚して?」
咲良は涙で返事が出来なかった。さっきとは違う涙。もしかして、怪しいと思った行動は、全部この指輪を買うため? ――疑って、ごめんなさい。
「颯太、大好き……!」
「僕も咲良、大好き! ねえ、だから、僕と結婚して?」
「うん!」
了
探しもの 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
うたかた/西しまこ
★87 エッセイ・ノンフィクション 連載中 131話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます