香箱

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

香箱

 義理の姉の持ち物に香箱があって、その中に何が入っているのかずっとぼくは気になっていた。気になった理由は明白で、夜中になると彼女はその箱を開け、ニヤニヤと中を覗き込んでいたからだ。

 綺麗な艶のある箱で、高価そうだったから、きっと宝石とかが入っていたのだと思う。当時のぼくはまだ幼く、中にカブトムシかクワガタが入ってるのかも、と中を見たかったような気がする。

 初めてその光景に出くわしたのは、ある暑い日の夜だった。ジュースとスイカの食べすぎのせいで夜中に目が覚めた。ぼくの部屋は二階の奥にあって、兄の部屋も二階にあったから、自然とその前を通ることになる。トイレは一階にしかなかった。

 最初は忘れていたのだ。兄の部屋に兄と、そして姉がいることを。兄は数年前には家を出ていたし、結婚したという話もいきなり聞かされてびっくりしたぐらいだ。両親も驚いていたのだから、ぼくがうっかりしてたわけではないと思う。

 だからドアが少し開いていて、なんだろうと思って覗いただけだった。

 暗い部屋の中、姉の顔がぼんやりと浮かび上がって、しかもニヤニヤしてたのだから思わず悲鳴をあげそうになった。声も漏らさず、おしっこも漏らさなかったことは誇りに思っていいと思う。

 音をできるだけたてないようにして階段を降り、用を済ませてからはあえて意識せず階段を昇り、廊下を渡り、部屋に戻った。

 翌日も夜中に目が覚めたが、おしっこは我慢した。朝にはおもらしをして母に怒られた。兄夫婦は笑っていた。

 その次の日は、ごく自然に目が覚めた。夜中の二時過ぎだった。物音は特になく、ぼくは意を決して部屋を出た。兄の部屋の戸は開いていた。中では姉が、また薄ら笑いを中空に浮かべていた。

 数日後、兄夫婦は朝からどこかへ出かけた。その時、ぼくは兄の部屋へ忍び込んだ。兄の部屋はほとんど物がなく、学習机と小さな本棚があるだけだった。押し入れの下の段に段ボールに入れられた兄の私物があり、上には布団があった。

 机の上に黒光りする香箱があって、ピンときた。あの晩、姉はこれを覗いていたのだろう、と。触らず、耳だけを近づけた。何も音はしなかった。開けてみたい気もするが、開けたらまずいような気もした。その日は姉のニヤニヤの正体がわかっただけで満足した。いつでも、中を見る機会はあるだろう、そんなふうに考えていた。


 結局、兄夫婦は二週間ほどでまた家を出ていった。なんでも新居が決まったはいいが、契約の関係ですぐに入居できず、その間だけ実家に戻ってきた、という経緯だったらしい。それ以降、兄とは一度もあっていないが、母はなんとも思わないのだろうか、と少しは大人になったせいか、最近になって色々と疑問になってきた。


 なぜあの時姉の顔は暗闇の中、ぼんやり光っていたのか。香箱の中にそんな仕掛けがあるものだろうか。本当にあれは香箱を覗いていたのだろうか。そもそもあの時あったアレが香箱だったと、自分で勝手に思い込んでやしないか——


 二人はいまどこでどうやって暮らしているのだろう。



香箱ガニの大きさは、加能ガニ(ズワイガニの雄)の半分ほどですが、甲羅の中にあるオレンジ色の未成熟卵「内子(うちこ)」やカニミソ、お腹には茶色の粒状の卵「外子(そとこ)」をたっぷり抱え、小さいながらもその味わいは天下一品、地元ならではの味わいです。(石川県漁業協同組合サイトより抜粋)

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