公園という箱の中で迎えを待つ

宿木 柊花

第1話

 今は昔、そうですね昭和そのくらいにしましょうか。


 少年は一人、公園で遊んでいます。


 空の中心でとても高い位置から見下ろしていた太陽は今は手が届きそうなくらい低くなっています。

 ピッタリくっついていた影も長く延びていて、早く帰りたいと訴えているよう。

 真っ赤に染まった公園で一人、また一人と子供たちは母親に連れられていなくなっていきました。

 チャイムが終わると、いくつものラッパの音が通りすぎていきます。

 近所のおばちゃんも鍋を片手に走っていきました。


 母親が来ないことを知っている少年は一人になっても公園にいました。

 ここにいれば迎えに来てくれるかもしれない、そんな淡い夢を見ているのですね。


 赤く染め上げられた公園は全部少年のもの。

 人気のある遊具も待たずに乗れます。

 何回だって、何分だって乗れます。

 誰も邪魔なんかしません。


 ですが、だんだん月が高くなるにつれて胸が冷たくなっていきます。

 どうにも楽しくありません。

 ブランコで揺られても、滑り台を滑っても、全然楽しくありませんでした。

 体の中が空っぽになってしまったようにスカスカするのです。

 暗い公園は等間隔に置かれた街灯が冷たく照らし、その光の周りには蝶にそっくりな蛾がヒラヒラと飛んでいます。


 迎えがきた子たちが蝶ならば自分は……。

 似て非なる二つの虫。

 少年は蛾の飛ぶ姿に魅入っていました。

 箱に入れられて大切に保管される蝶。

 ハエ叩きで潰される蛾。

 何が違うのか少年には分かりません。同じようで違う曖昧な関係性。


 その時、舞っていた蛾がポトッと落ちました。

 街灯で感電したのでしょうか。

 よく見れば羽が燃えています。


 少年の中に何かがスッと落ちました。


『 』

 少年の背後、公園の入口から声が聞こえました。


『おかあさん!』

 少年は走り出しました。

 ずっと待っていたが来たのですから。


 公園は静かになりました。

 中央の大樹はゆっくりと揺れました。

 公園は今も誰かに優しく寄り添っていることでしょう。

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