ハコネとボク

空本 青大

ハコネ

改札をくぐり駅を出ると、人っ子一人いない暗闇を照らす、街灯の光が出迎えた。

それは毎日の終電帰りで見慣れた光景だった。

ひと月丸々仕事漬けで、ようやく休みを貰えた。

安堵感と疲れでボーっとする頭を抱えながら、帰路をトボトボと歩く。


線路沿いを歩きながら、久しぶりの休日をどう過ごすか思案していると、不意に猫の鳴き声が聞こえてきた。

反射的にスマホのカメラを構えながら、声のする方へと向かう。

猫の気配のする場所に到着すると、そこは淡い光に照らされた高架下だった。

キョロキョロと辺りを見渡すと、視界の端に段ボール箱が見えた。

静かに箱のほうに近づくと、前面に【ひろってください】と書かれた紙が貼りつけられていた


「おいおい、いまどき捨て猫かよ……」

怪訝な顔で、中にいるであろう猫を確認しようと、上から箱の中を覗き込む。

だが、そこには砂や葉っぱが少し入ってるだけで、生き物の姿は見られなかった。


「まさか、箱から出ちゃったのか?」

猫の安否が気になってしょうがないボクは、箱から数メートル離れた場所をくまなく探したが、何か動きのある影も形も確認できなかった。


ハァとため息が漏れると、後ろからミャアと鳴き声がはっきりと聞こえた。

グルンと勢いよく振り返ると、すぐ足元に段ボール箱が置かれていた。


「あれ、いつの間に?風で飛ばされてきたか?でも吹いてなかったよな……」

不思議がっていると、唐突に箱がズズズっと動き出し、ボクの足に本体をこすり始めた。


「⁉」

驚きすぎて、声にならない声が出る。

目の錯覚かと思い、一旦二歩後ろに下がった。

すると箱はすぐ距離を詰め、再びボクの足に箱の側面をこすり始めた。


もしかして何かの玩具かと疑い、両手で箱を拾い上げる。

大きさはA4サイズくらいで、深さは大人の指先から手首辺りだろうか、重さも感じず、いたって普通の空の段ボール箱だった。

頭の中が?で埋め尽くされ、段々と恐怖が心に沁みだしたそのとき――


「みゃあ」


手で掴んで目の前にいる箱から、猫の鳴き声が鮮明に聞こえた。

そして、箱の上部サイドに付いている蓋?がパタパタと上下に動いていた。

さながら、猫のしっぽのように。


——―――――――――――――

——――――――――――

——―――――――


「うーん、部屋に連れてきてしまった……」

目の前には、床を擦るように走る段ボール箱の姿があった。

不意に、草むらから採ってきた猫じゃらしを箱の前にチラつかせる。

すると、猫じゃらしに段ボールのフラップ(※箱の上部にある蓋の部分)と呼ばれる部分でパシンと弾いてきた。


鳴き声も、行動も猫であることは明白だ。

……見た目以外は。


猫は好きだし、飼いたい気持ちはあるし、一応ここはペット可のマンションではあるから問題ないのだが……。

ビジュアルが段ボールゆえに、頭が混乱している。


胡坐をかき腕を組み、眼前の段ボールを眺めていると、箱がボクの膝の上に登ってきて、体を寄せてきた。

思わず猫を撫でるように、箱の側部を優しく撫でると、パタパタとフラップを上下に動かした。

どうやら、嬉しくなると部位が動くようになっているらしい。

人懐っこいこの段ボールに、なぜか愛おしさがこみ上げてくる。


「よし、決めた!おまえは今日からうちの子だ!」

座ってる状態から立ち上がり、箱を両手で持ち上げた。


「名前はそうだな……箱の猫だからハコネだ!よろしくなハコネ!」

名前で呼ぶと、左右のフラップがパタパタと上下した。

こうして、ボクと奇妙な箱猫のハコネとの共同生活が始まったのだった――


「猫缶あげても食べないし、水も飲まないな。でもめっちゃ元気だし、必要ないのか?食費助かるわぁ」

「可愛いハコネの写真を撮って、SNSにあげるか。……というかただ段ボールの画像上げてる様にしか見えねぇ」

「ただいまぁ。おお!ハコネ出迎えてくれたのか、可愛い奴め~」


ハコネと暮らし始めてから数週間。

ハコネは食事も排泄もしないし、普通の猫と比べ世話が格段に楽であった。

最初はただの箱にしか見えなかったのに、今じゃ世界一愛おしい箱だ。

味気ない生活から一変して、ボクの人生にいろどりができた。

おかげで日々のつらい仕事も乗り越えられる!と思っていたのだが……。


会社が繫盛期に入り、連日連夜会社に泊まりながら仕事をする羽目になった。

数日家を空けてから家に帰ると、ハコネがすごい勢いでボクの体にすり寄ってきた。

そして、ンミャアンミャアと悲しそうな声を出してきた。

よっぽど寂しかったのだろう、罪悪感で胸がいっぱいになる。

だが、ボクもボクで余裕がなく、七時間後には出社ということもあり、ハンガーラックにスーツをかけ、そそくさとご飯の準備を始める。


最近の食事は、もっぱらレトルトかインスタント。

通販でダース買いし、部屋の隅には【Anyazon】と文字が刻印された段ボール箱が積み重ねられていた。


「まずいなぁ……段ボールって虫が寄ってくるって言うし、捨てないとなぁ。でも余裕が……」


ゴミを横目にレンチンご飯にレトルトカレーをかけ、ものの数分でかき込んだ。

食べ終わると、シャワーをざっと浴び、髪を乾かすと、いつものジャージに着替えた。

スマホでアラーム設定を終えると、枕の横に投げ置いてベッドにダイブする。

ハコネも布団の中に潜り込み、ボクと一緒に眠りについた。


翌朝―

けたたましいアラームに起こされ、軍隊ばりにわずか数分で朝の支度を終えたボクは、ドアノブに手をかけ部屋を出ようとしたそのとき―


「みゃあ……」


後ろ髪を引かれるような声に、胸を押しつぶされそうになりながらボクは玄関を後にした。


——―――――――――――――

——――――――――――

——―――――――


一週間……

新記録だ、こんなにも家に帰れなかったのは。

ハコネのことが気になって、自然と小走りで家へと向かう。

階段を駆け上がり、急いで鍵を取り出し、勢いよく鍵穴に差し込む。

ガチャリ!と鍵が開く音と共に、扉を勢いよく開いた。


「ただいま!ごめんよ~ハコネ~」


半泣きの声で名前を呼ぶも、玄関にはハコネの姿はなかった。

今まで玄関に出てこなかったことが無いということもあり、ふと嫌な想像が頭をよぎる。

手に持っていたビジネスバッグを玄関に投げ捨て、急いでリビングに入り、電気を点ける。


「ハコネ!」


パァっと明るくなった部屋を見渡すと、積み上がった段ボールのほうに、ハコネの姿があった。


ボクの姿を見つけるとミャア!と感情を爆発させたような鳴き声と共に、ハコネが足元に駆け寄ってきた。

元気そうな様子に安心したそのとき―

 

「みゃあ」「みゃあ」「みゃあ」


ハコネの後ろに、一回り小さい段ボール箱が三つくっついてきた。

そして、ハコネ+三箱はボクの足に体をすり寄せてきた。


「ふ、増えてる⁉なんで……」


戸惑いながら、小さいほうの箱に目を向けると、側面に文字のようなものが見えた。

そっと三箱のうちの一つを両手で持ち上げる。

書かれている文字を見ると、そこには【anyazon】のロゴが刻印されていた。

まさかこれは……


「ハコネおまえ雌だったのか……」


どうやらボクが家を空けすぎたせいで、寂しい思いをしていたハコネにがついてしまっていたようだ。


とりあえずこれはボクの責任だ。


これからはハコネと三匹?の子供たちにしっかり幸せを与えていこう。


この箱から溢れんばかりの幸福を―――






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ハコネとボク 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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