箱と遊ぶ

misaka

箱と哲学してみた

 ある日、玄関先に謎の箱があった。


 疲れて会社から帰ってみれば、マンションの玄関先に、ポツンと。


 段ボール箱の大きさは一辺1mくらい。過剰なくらいガムテープで目張りがされていて、開けるだけでも一苦労しそうだ。しかし、それ以外、段ボール箱にこれと言って特徴は無い。


 宛名も送り主についても、どこにも書かれていなかった。


 このままでは、段ボール箱が邪魔で家に入れない。それに、箱が通路を塞いでいて、他のマンション住民の邪魔になってしまう。


 まずは家の中に運ぶべきなんだろうけど、持ち上げられるのか……。


 不安を覚えながら思い切って箱を持ち上げてみると、想像以上に重かった。しかし、持ち上げられないというほどでもない。


 よって、一度、箱を脇にどけた後、玄関の扉を開けて、ストッパーを噛ませる。そうして開きっぱなしになった扉の向こう――自宅へと段ボール箱を運び込もうと、しゃがんだ時だった。


 箱が、動いた。


 誰も触っていないのに、箱がひとりでに動いたのだ。しかも、一度ではない。何度も、何度も。まるで、箱の中に生き物でも入っているかのように。


 ひとしきり暴れた後、満足したように動きを止める箱。


 玄関先に、静寂が戻る。


 静けさに耳を澄ませてみると、箱の中からは微かな風の音が聞こえてくることに気付いた。ザザッ、ザザッというその音は、あるいは、波の音のようでもある。


 断続的に、規則性を持たずに聞こえてくる音。その音を聞いていると、まるで大自然に包まれているような、和やかな気持ちになる。


 その時、ふと、天啓が走った。この箱、実は誰かが運んでいる最中だったのではないだろうか。それならば、宛名も送り主の名前もない理由に合点がいく。


 危うく、他人のプライベートを覗いてしまうところだった……。


 不思議な箱を放置することに決め、玄関のドアをそっと閉めるのだった。






 翌日。出勤に際して玄関を出てみると、口の開いた箱が置かれていた。


 中身は、空っぽだった。

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箱と遊ぶ misaka @misakaqda

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