夢箱
黒味缶
夢箱
箱を閉じている。箱を、閉じ続けている。
大好きだったあの人に大事な人ができた時、心の中の箱に蓋をぱたんと被せた。
私の誕生日だったのに妹に熱が出た時、妹を優先してあげてと言いながら心の中の箱を一つ閉じた。
そんな風に生きていたからだろう。私はよく、箱の出てくる夢を見る。
夢で箱を見るから何かを黙るときに箱に入れるイメージなのか、そういうイメージだから夢に箱が出てくるのかはわからない。卵が先か鶏が先か。あっ、鶏が空に飛んでった。
「でも、さすがに"箱からカギが見つかるまで起きれません!"なんて夢ははじめてね。それもこんなしっかり明晰夢」
あちこちにある箱は、おおよそが私の封じた気持ちであるという自覚があるため、正直開けたくない。しかし、目覚めないのもそれはそれで大変だろうから起きなくてはいけない。
「めんどくさいなあ、この中から探すのか」
試しに一つ箱をあける。小さい頃に貰ったビーズの腕輪が出てきた。
伯母は気が向いたときだけ手芸をするタイプの手芸趣味を持っている。その伯母がくれたものだった。小学校高学年の私に青と緑のシンプルでかわいいものを、当時の妹には大きくてキラキラのビーズを使った太い腕輪をプレゼントしてくれた。
でもその数年後、私のやつが欲しいと妹がねだってきた。
あなたも貰ったじゃないという気持ちを、箱に入れて閉じ込めた。
「……こういうの、続くのぉ?やだなあ 意識しっかりあるんだし、都合のいい感じにいかない?」
夢なんだから私ができると思えばできると思うんだよね。そう、大事そうなものが入っている箱に気づく超能力が私にはある事にした!
夢は私の意見を反映してくれてか、ぴかぴか光る箱がいくつか主張をしてくるようになった。
「おっ、いいじゃない。こういうのよこういうの」
光る箱をあつめて、私はその1つを開ける。冷凍食品が出てきて、それにまつわる思い出が映像を見るように再生される。
いつだったか、母が旅行で父が残業の日。こういう時のために使いなさいと言われていた冷凍食品を解凍して、妹と二人で食べた。
最初はテンションのあがっていた妹は、次第に口数が少なくなり、やがてしょぼりと「もういらない」と残りを私に押し付けた。
「やっぱり、出来立てのものの方がいい」そういった妹は、私が栄養を考えて添えた味噌汁も飲んでいなかった。ちゃんと食べたほうがいいとは言ったけど、その中に冷凍食品じゃないものもある事は言えずに箱にしまった。
「やだな……微妙な思い出ばかりみたいじゃん」
そうつぶやいたときに、ふと気づいた。光っている箱を上から見た時、箱の蓋に何か切れ込みが入っている。
これだ。そう直感した私は、次々と箱を開けていった。
私の誕生日に、妹が熱を出した時の箱。
難病をした妹となんかの型が適合するとかでドナーになった時の箱。
妹に恋人ができた時、そんな奴やめなよといいかけて止めたの箱。
そうしたいくつかの箱を開いて、蓋を回収して、切れ込みに沿って切り取っていく。
それを重ねると、一つのカギになった。
「もう出れる?」
どこかに向けてそう言った私の前に、気づけば黒い箱があった。
箱についている錠前のカギは、今持っているカギだろう……嫌な予感がする。これは開けちゃいけない。
私たちが、姉妹でいるために。
私は、まだ何も入っていない適当な箱に黒い箱をしまった。しまわれることに気づいた中身ががたがた騒ぎ出したけど無視をした。
小さい、何でもないような箱の中に、カギもしまった。鍵は大人しく収まってくれた。
どこかから、妹の声がする。きっとそろそろ、目覚めるのだろう。
「ねえ ねえってば おねーちゃーん?」
「……ぁぁ゛?」
「やっと起きた!ちょっとおねーちゃん、親族控室だからってがっつり寝すぎだよー!」
「んー……ごめん。仕事滅茶苦茶きつかったから」
「それはわかるけど、そろそろ参列者は行っとく時間だよー」
まだうとうとしている目をきちんとあけると、そこにいるのは花嫁姿の妹。
心の中で黒い箱がガタガタと音を立てている。
これでいいのか?歪んでいても恋慕だぞ。一度も思いを伝えなくてよかったのか?お前の大事な子が、どうでもいい男のものになってしまうぞ――と。
夢の中で答えたつもりだけど。これでいい。これでいいんだよ。
「そうだね……そろそろ会場に行っとくわ 結婚おめでとう。何度か改めて言っちゃうと思うけど」
「うん。ありがとうお姉ちゃん ふふっ、挨拶って何回も繰り返しちゃうよね~」
冠婚葬祭用に仕立てたスーツの皺、寝ているうちについたそれをのばす。
できるだけピシッと背筋をたて、いつものカッコいいお姉ちゃんを作ってから、私は妹を見送るために結婚式の式場へと向かっていった。
いかないで という気持ちは、箱にしまった。
夢箱 黒味缶 @kuroazikan
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