ラノベで飯を食う[KAC20243]
ガビ
第1話 ラノベで飯を食う
「ラノベで稼ごうなんて贅沢だ」
居酒屋で大学時代からの友人にそう言われたことを、不意に思い出す。
「だって、好きなことして金もらえてるんだろ?俺なんか朝から晩まで社会のために働いてるのに、ラノベを書くなんてお遊びで少しでも金をもらえることをもっと喜べよ」
かつては共に学祭を奔走した仲である友人は、酒という言い訳を使って俺の誇りを土足で蹴り上げた。
「あの時は酒が入っていたから」「酔ってる奴の言うことをマジに捉えるなよ」「ごめんなぁ。酒入ったら口悪くなるんだよ。俺」
そう得意気に言う連中は、酒を挟めば暴言を吐いても良いと本気で信じているのだろうか? 酔っ払いの言うことだからと、全て水に流せと言うのか?
申し訳ないが、俺には無理だ。
楽しい酔い方をするならともかく、悪酔いをして攻撃してくる奴とは一緒にいられない。
だから、その友人との縁は速攻で切った。
もう、友達の量なんかどうでもいい年齢になってきたんでな。
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売れないラノベ作家である俺の執筆スタイルは、アイパッドでYouTubeを垂れ流しながらスマホのメモ機能で書くというものである。
無音という状況が苦手というのと、眠気を誤魔化すためだ。プロになってから4年経つが故、今の俺にとっては執筆というのはほとんど作業と化している。
投稿時代は楽しく書いていたのだが、今はとにかく「売れる」作品を生み出すための仕事になっている。自分の書きたい話ではない、主人公が異世界で無双する物語を書いていると、どうしても眠気が襲ってくる。
だから、誰かの話し声が聞こえる状況の方が集中できるのだ。
最近のラジオは、違法アップロードの対策として番組公式としてYouTubeに載っけてくれていることがよくある。
罪を告白すると、学生時代は違法アップロードでラジオをよく聞いていた。しかし、好きなラジオパーソナリティが違法で聞かれることによって公式がどれだけ困るかを熱弁しているのを聞いてから、radikoや公式で聞くようにしている。
しかし、一つのラジオ番組が終わって次の動画を自動再生してくれる際、観る気の全くない動画が再生される場合がある。
<はいどうも! カナセです! 今日はですね〜、ラノベ福袋を開封していきたいと思います>
ラノベというワードに無意識に目を向ける。
そこには大きなダンボール箱があった。
黒いマスクをつけた金髪男のYouTuberがハサミを使って器用にダンボールを開封していく。
その中には、大量のラノベが所狭しと入っていた。
<これだけ入っていて800円ですよ! すごくないですか?>
800円。
安いと感じたが、同時に正攻法では売れない俺のような底辺ラノベ作家からしてみたら、人に届く可能性があるなら良い販売方法に思えた。
存在を知られていないことは、表現者として最もキツイことだから。
<お! これは東野カナタの処女作『死んだらよろしく』だ! これ名作なんですよー。次は『妹が俺の持っているエロゲに興味津々なんだが』で有名なカラシレンコンさんの作品ですね。『ネコシスター』‥‥‥表紙可愛いですね。読んでみます! 次は‥‥‥>
俺もかつてはこの人みたいに純粋にラノベが好きだったんだよなぁ。と、無駄にノスタルジックな気持ちになる。
楽しそうにラノベについて語る彼を観ているのが心地よい。
気がついたら、完全に執筆を中断して動画を見入っていた。
<お。タケシタユーヤさんの『バッドエンドの続き』だ! これ隠れた名作ですよ!>
いきなり自分のペンネームが聞こえてきてビビる。
心臓が止まるかと思った。
登録者数が1000人ほどのYouTubeだが、エンタメの中で自分の話題が出されたことに心臓がバクバクいっている。
そんな俺の感動など、もちろん動画の中のカナセさんは知らない。数秒後には別の作品を紹介していた。
隠れた名作‥‥‥。
そんな風に思ってくれている人もいるのか。
動画のテンポを考えてテキトーに言ったのかもしれないが、油断すると涙が流れてしまいそうになっている。
社会の何の役にも立っていない、どうしようもない俺だが、誰かには届いているのだ。
動画が終わり、次の動画が始まるまでの間を機に、スマホに新しいメモ文書を立ち上げる。
売れないかもしれないが、俺の感情を込めたラノベを書くために。
誰が何と言おうと、俺はラノベで飯を食うのだ。
ラノベで飯を食う[KAC20243] ガビ @adatitosimamura
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