トレジャー・ハンター、ジョアンとクリス
マキシ
伝説級の宝飾品が眠る「箱」を探して
「なんだ、この星は……、やけに蒸し暑いな……」
あたしは、ジョアン。トレジャー・ハンターだ。この星には、お宝を探しにやってきた。
この星には、古い遺跡が一つあるんだけど、その遺跡のどこかにあるっていう箱が、今回のお宝。
なんでも、その箱の中には、伝説級の宝飾品が眠ってるって話だ。これまで、何人ものトレジャー・ハンターが挑んでは、探し当てることができなかったらしい。この星の伝承によると、間違いなくあるってことなんだけどね。
今回は、ちょっと妙ないきさつがあって、わざわざ、こんな蒸し暑い星にまでやってきたってわけさ。
一緒にいるのは、相棒のクリスティーナ。あたしは、クリスって呼んでる。あんまり喋らないけど、いいやつだよ。そもそも、口数が多い奴っていうのは、信用できないね。あたしは別だけど。
クリスは、機械を動かすのがうまい。あたしは、機械は苦手な方でね。でも、その分、猛獣なんかを相手にするのは、クリスよりずっとうまいよ。つまり、あたしらは、いいコンビってわけさ。そういや、クリスとも随分長いね。それだけ、相性がいいってことだと思ってる。
そういや、今回のお宝について、まだ話してなかったね。お宝を欲しがっているのは、このいらの星間空域でも指折りの、悪名高き奴隷商、マキシ商会のトップ、ドン・マキシ。奴は、他人が探しても探せなかったようなお宝に目がなくって、今回のようなお宝には、それこそ目玉の飛び出るような賞金を懸けている。いやらしい奴だろ?
馴染みの情報屋からそれ聞いたクリスが、まだ年端のいかない少年少女の奴隷、300余名と引き換えに、そのお宝を持ってきてやるって、ドン・マキシと約定を交わしたってわけ。その約定は、マキシ商会の母船にいたドン・マキシと直接交わしたんだが、その時、ドン・マキシの奴は、こう言いやがった。
「ほっほっほ、んまァ、あなた方のような小娘なんぞに、こんなお宝が持ってこれるとは、夢にも思ってもおりませんが、その時は、せいぜい別のサービスでもしていただきましょうか……。特に、クリスティーナさんと仰いましたか? あなたは、なかなかわたくし好みでいらっしゃる……、ぐふっぐふっぐふっ」
うえ、今思い出しても寒気がする……、すげぇムカつくし。
クリスは、奴隷商ってやつが大嫌いで、星間法さえなかったら、奴隷商の奴ら全員、細切れにしてグレイハウンドの餌にしてやりたいって言ってたこともある。そう言ったときも、ドン・マキシと会った時も、いつもの冷静な彼女じゃなかった。あたしも、奴隷商は大嫌いだが、彼女の場合は、好きとか嫌いとか、そんな次元の話じゃないみたいだった。
クリスの過去について、あたしが知っていることは、彼女がこの星の出身だってこと。そして、なんと、この星の貴族様だったってことだ。世が世ならって話ではあるが、彼女の代では、すっかり没落していて、彼女がこの星を出て、トレジャー・ハンターとして名を売るまでには、随分と苦労をしたらしい。
クリスには、この星にいい思い出がないらしく、箱があるのがこの星だって聞いた時には、随分と渋い顔をした。しかし、あたしも彼女も、プロのトレジャー・ハンターだ。仕事とあれば、思い出なんぞにかまってもいられない。
さて、着陸したあたしらの
しばらく車を走らせていると、目的の遺跡が見えてきた。
遺跡の近くで車を止め、まずは遺跡を調査する機材を車から運び出す。
一番重要なのは、クリスご謹製の大型透過スキャナだ。なんでも、ナントかって極小の粒子を建造物に放射すると、粒子が建造物を通り抜けるときに発する放射線を観測することで、マップ化できるとかなんとか……。ああ、詳しいことはクリスに聞いてくれよ、あたしにゃさっぱりなんだ。
とにかく、多少大雑把ではあるし、ある程度限られた範囲ではあるが、遺跡なんかに入る前に、立体地図が手に入るってわけさ、すげぇだろ!
さて、遺跡の立体地図も手に入った。遺跡の周りの生態反応も調べて、近くに危険な猛獣なんかがいないことも確かめると、いよいよ遺跡内へ侵入だ。
生態反応探知機、武器、小型の透過スキャナ、水と食料と、いざと言うときに備えた細々したものなんかも持って、慎重に進んでいく。
立体地図には、ある程度の罠も表示されるので、その罠を避けながら、ゆっくりと遺跡の奥へ入って行く。どうやら、遺跡内を守る猛獣なんかはいないようだ。ちぇ、あたしの出番がないじゃんか。
遺跡は、地上部分が、高さ数十メートル程あるが、地下構造もあるようだ。外からスキャンしたときには、地下構造までスキャンしきれないので、ここからは持ってきた小型スキャナが頼りだ。
数メートル進んでは、周囲の構造物をスキャンして、危険がないか、お宝が置いてありそうな部屋なんかがないか、探りながら進んでいく。
と、あたしは先に進むクリスに、鋭く声をかけた。
「待て、クリス!」
クリスは、動きを止めた。何かおかしい。妙な気配がある。あたしがこう言う風に感じるときは、何かがあるんだ。クリスは、ゆっくり下がってあたしの後ろに回る。
ここからは、あたしの出番だ。持ってきた長棍、あたしの武器だ。そいつで床を軽くたたきながら、ゆっくり、慎重に進む。と、なんと棍が空振りする床があった……! クリスが、生唾を飲み込んでから言う。
「おかしいですわ…。スキャナでも、目視でも、間違いなく床があるように見えておりますのに……」
なんてこった……。スキャナと目視だけを頼りに進んでいたら、奈落の底へ真っ逆さまだったろう。
見せかけの床は、そこかしこにあった。どうやら、落とし穴で犠牲になったハンター達がいたらしい。
あたしには、そういう死んだハンターたちの怨念のようなものを感じる力があるんだ。あたしのこの力のお陰で、命拾いをしたことが、これまでにも何度もあった。
それにしても、こんな仕掛けがここにあるってことは、お宝はこの先にあるのかもしれないな。あたしは、床の様子を確かめながら、期待に胸を膨らませた。
開けた場所に出た。
正面に見える高台には、黒い棺のような箱があった。あれだ! 目的の箱とは、棺だったんだ!
棺があるということは、少々広いが、ここは玄室ということだろう。クリスが、改めて玄室内にスキャンをかける。玄室内には、特別な仕掛けはないらしい、少なくとも、スキャナと目視で見える範囲では、だ。
改めてあたしが先頭に、床をコツコツ叩きながらゆっくり進む。棺までもう少し、というところで、どこからともなく声が聞こえた。
「待て」
あたしとクリスは身構えて、周囲を見回した。が、声の主は見当たらない。あたしは、背中に氷をあてられたような寒気を感じた。クリスが言う。
「なんですの? この声は……?」
「そのまま進むと、落とし穴に落ちるぞ」
なんだ、ご親切に罠のことを教えてくれるのか……。敵意はない? しかし、なぜ……。その声は続けた。
「恐れることはない、我が一族の末裔よ。余は、そなたの先祖にあたるものだ……。そなたに会えて嬉しい。そなたの目的は、余の首飾りか。これに触れてはならん。これは、恐ろしい毒素を発するでな……」
話しているのは、どうも棺の主らしい。この星の一族の末裔ってのは、クリスのことか? しかし、色々疑問がわいてくる。
「こんな遺跡に安置されているってことは、あなた王族ですのね。毒素って、どういうことですの?」
王族? クリスって王様の家系ってことかよ、うっひょう、お姫様じゃんか! あたしがにやにやしていると、クリスがこちらを見て、片眉を数ミリ上げた。わかったよ、余計なことは聞かない。棺の主がクリスの問いに答える。
「そう、私は王だった。臣下の一人が、空から降ってきた石を使って首飾りを作り、余への献上品としたのだ。身に着けているだけでは何ともなかったのだが、祝いの席で首飾りに酒をこぼしてしまったとき、その宝石が恐ろしい毒素を発生させたのだ。その毒素は、ものの数分で祝いの席上にいたものたちを死に至らしめてしまった……。恐ろしいことよ」
アルコールにでも反応して、毒ガスを発生させたってことか? 聞いたこともないな、そんな物質。どんだけ希少品なんだよ。クリスが続けて聞く。
「お酒が首飾りにかかるまでは、何ともなかったんですのね?」
さすがクリス、冷静だ。その声の主が答える。
「それはそうだが、そなたに危険が及ぶのは忍びない。少なくとも直接首飾りに触れるのはやめておくのだ……。余は、この星で、そなたに何があったかを知っておる……。そなたは、年端もゆかぬ頃に父母と死別し、一人になったところで奴隷商人に捕まってしまった……。そなたの苦しむ姿を、もう見たくはないのだ……」
クリスの表情に、怒りの色が見えた。
「余計なことは、言わなくてよろしいですわ……。それで、首飾りは、いただいてもよろしいんですの?」
棺の主が続ける。
「すまぬ……。そなたを侮辱したつもりはないのだ。許されよ……。首飾りは、怒らせてしまった詫びに、そなたに進呈しよう。好きにするがよい。棺へは、右回りに後ろに回れば、落とし穴に落ちずに済むでな」
「感謝しますわ……」
クリスが、冷静さを取り戻したようだ。それにしても、そうだったのか。クリスが奴隷商を憎むのは、クリスが奴隷商に売られたことがあったからだったのだ。クリスは、美人だ。年端もゆかない頃に奴隷商なんぞにつかまっちまったら、どんな目に合うか、想像に難くない。あたしは、腹の底から湧き上がってくる怒りを、なんとか抑えた。
「昔の……話ですのよ」
クリスは、あたしの方を見て、気にするな、というように笑顔を浮かべた。あたしが動揺したのを気遣ったのだ。
ちくしょう、こんないいやつを慰み者にしやがった奴隷商人ども! 全員細切れにして
あたしたちは、念のためにガスマスクをつけてから、棺をあけた。中には、遺体が安置されていた。これがこの声の主か……。首に装飾が施された首飾りがかかっている。毒素にも有効なのかは不明だが、放射性物質でも安全に取り扱うことのできる手袋をはめたクリスが、宝石には手を触れないように、丁寧に首から首飾りを外して、密閉ケースに入れる。これで、もうここに用はなくなった。クリスが、声の主に言う。
「ありがとう。もう行きますわ」
声の主が答える。
「さらば、一族の子よ。壮健でな……」
クリスは、もう何も言わなかった。あたしも、それに倣った。
わたしらは、遺跡を出た後、この星を離れ、早々にマキシ商会の母船へ向かった。
ドン・マキシの野郎は、ケースに入った首飾りを見て、こう言いやがった。
「ほお……、本物でしょうな。このドン・マキシを怒らせることは、あまりお勧めしないのですがね」
ケースは透明だったので、その見事な装飾を見れば、本物であることはわかろうというものだったのに、どうも「クリスのサービス」が受けられないとわかって不満らしい。クズめ!
「勿論、本物ですわ。トレジャー・ハンターを、下手な古美術商なんぞと一緒にしないで欲しいものですわ。信用商売ですのよ」
「ほっほっほ、いいでしょう。信用商売というのは、こちらも同様ですのでね……。それでは、奴隷を開放する証書をお渡ししましょう」
クリスは、無表情にその証書を受け取って、こう言った。
「……確かに。一応、その首飾りについて、注意事項をお伝えしますわ。いいですこと? その首飾りに、絶対に、絶対にお酒をかけてはいけませんわ。これは、首飾りの持ち主からの忠告ですのよ」
ドン・マキシは、吠えるように笑って答えた。
「ほっほっほ! 承知いたしました。この首飾りには、絶対にお酒をかけないようにいたしましょう。それでは、奴隷どもを受け取って、どこへなりと消えてください」
あたしとクリスは、何も言わずにその部屋を出た。
そのまま、この船のクルーに悟られないように、素早く、しかし慎重に行動し、この船に乗っていた少年少女奴隷たち全て、300余名をあたしらの船に移して、早々にマキシ商会の母船から離脱した。
~~~
トレジャー・ハンター二人の船が離れていくのを船窓から眺めながら、ドン・マキシが、部下の男に命じる。
「おい、そこのブランデーを持ってくるんだ。そこの、一番高い酒だ。そうだ……、早く持ってこい!」
ドン・マキシは、ケースから首飾りを取り出して、ゆっくり、たっぷりとブランデーを首飾りに注いで言った。
「ほおっほおっほおっ! きっと、この首飾りに酒をかけると、驚くような素晴らしいことが起こるに違いない……。首輪の持ち主からの忠告だと? バカバカしい! あの小娘、このドン・マキシにその素晴らしいことをさせまいとしおったらしいが、そうはいくものか。ふおっふおっふおっ!!」
~~~
あたしらは、マキシ商会の母船から離れるまで、気が気じゃなかった。クズのドン・マキシが、速攻で首飾りに酒をかけちまうに違いないとわかっていたからだ。
マキシ商会の母船から充分離れたところで、一息ついてクリスが言った。
「ふぅ……、もう安心ね。お次は、星間宇宙軍の中継ステーションですわ」
あたしらは、星間宇宙軍の中継ステーションへ行き、助け出した少年少女奴隷たち全てを、軍の保護下においてもらうように頼んだ。その話を聞いた軍の士官は、驚いたような顔をしたが、あたしらを客室に案内して、そこで待つように言った。必要な手続きでもあるのかね?
しばらく待っていると、ダークエルフの女性士官と、その部下らしい男性士官が部屋に入ってきた。
「私は、星間宇宙軍少佐、ミネルバだ。こちらは、部下のスタンリー中尉。お待たせして申し訳なかった。何しろ、前例のないことでね。正式に300余名もの奴隷の所有権を持つ人物が、その所有権を放棄して、軍にその保護を求めるなんていうことはね。少年少女とは言え、これだけの奴隷となれば一財産だが、本当に所有権を放棄……というより、名目上、軍に所有権を移譲する形になるのだが、それでよいのだね?」
それを聞いて、クリスの片眉が数ミリ上がった。あたしは、慌てて間に入って言った。
「ああ、いいんだ。あたしらは、奴隷商ってやつが大嫌いでね。それも、まだ年端もいかない子供を商品として売り買いするなんてのはね。だから、軍がその子達のことをきちんと面倒見てくれるっていうんなら、所有権でもなんでも、持って行ってくれてかまわないよ」
それを聞いて、ミネルバと名乗った女性が、ほっとしたような顔をしていった。
「そうか、すまないな、試すようなことを言って。奴隷関係では、トラブルになることが多くてね。口に出すのも嫌なことだが、子供のころに無価値だった奴隷が、成長して金を稼げるようになった途端、元の持ち主があれこれ言いだすなんてことは、あちこちにあるのだよ。全く、忌々しいことだ……、おっと失礼」
どうやら、このミネルバ少佐って人も、奴隷商が好きではないらしい。
ミネルバ少佐は、あたしらに部下と言って紹介した男性士官に命じて言った。
「スタンリー中尉、余計な心配は無用らしい。早速、子供たちの落ち着き先となる施設に連絡を取るんだ。言うまでもないことだが、できるだけ全員が同じ施設に行けるように、取り計らってくれたまえ。友達とは、離れ離れになりたくないものだからな」
ひゅうっ! あたしは思わず口笛を吹いて言った。
「へえ、あんた、やるね」
あたしとクリスは、顔を見合わせて頷いた。この人に任せれば、あの子たちは大丈夫だ。
ミネルバ少佐は、改めて姿勢を正し、あたしらに向かって敬礼をして言った。
「本日は、このステーションにご足労いただきまして、ありがとうございました、ミス・ジョアン、ミス・クリスティーナ。あとの手続きは、全て私たちが引き継ぎますので、あの少年少女の将来につきましては、どうかご安心くださいますよう。あなた方の善意に、銀河連邦宇宙軍を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。これからのあなた方の旅路に、幸多からんことを!」
あたしとクリスは、くすぐったくなって、クスクス笑ってしまったが、少佐に悪かったので、笑うのをやめて、こちらも少佐に敬礼を返して言った。
「それじゃ、あたしらは退散するよ。子供たちのこと、ありがとう!」
あたしとクリスは、ステーションを離れて、一息ついた。やっと一仕事終わった。
その日は、あたしもクリスも祝杯を挙げた後、ぐっすりと、よい眠りについた。
そうそう、後日談になるが、その日を境に、マキシ商会のうわさは、ぱったりと聞かなくなった。もしかしたら、あの母船は、永久にあのあたりの宙域を彷徨う、幽霊船になるのかもしれない。
これが、トレジャー・ハンター、ジョアンとクリスさ。
探してほしいお宝があるっていうなら、あたしらに話してみなよ。
価格応談で請け負ってやるぜ!!
Fin
トレジャー・ハンター、ジョアンとクリス マキシ @Tokyo_Rose
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます