恋のキューピット
明日乃たまご
ファニー
恋のキューピット、ファニーのアンテナが熱い愛の波動をとらえた。
波動の持ち主はコンビニで働く板井優依。彼女は近くに住む貧しい会社員の小和井隆敏と交際していた。
ファニーは、優依と小和井を結びつけるべきか、時をかけて調べた。そうして分かったのは、彼はクズ男で、優依を愛してはいないということだった。彼が口説いていたのは同じ会社で働く社長の娘、6歳ほど年上の経理課の係長だった。
『まいったな。これじゃ、まるっきり都合のいい女だ……』
ファニーは、小和井のアパートに足を運び、献身的に家事に努め、彼の性欲のはけ口になる優依に深い同情を覚えた。ファニーには、恋を実らせる力はあっても、彼女を小和井から引き離す力はない。
『まいったな……』
何日も、何日も、ファニーは
『近頃仕事が疎かになっているな。おかげで地上から子供が減っている』
ある日、神がファニーの元を訪れて言った。
『あぁ、神様、申し訳ありません。板井優依のことが気になって、つい、他の若者の恋に目を配る時間が減っていました』
『分かっているよ。ファニーはあの娘に恋をしたのだ』
『私が恋を……?』
『このままでは、お前はキューピットではいられなくなるだろう。それほど恋の力は強いのだよ。いっそのこと、あの男の胸に愛の弓矢を撃ち込んでみてはどうだ?』
『お言葉ですが、それには反対です。恋は実らず、あの娘は、優依は、不幸になるでしょう』
『ならばどうする?』
私が彼に成り代わり、優依を幸せにしてやりたい。……考えたものの、答えられなかった。ただ、涙が頬を濡らした。
『ファニーの気持ちは分かった。ならば、下界にやろう。しかし、もう天上界には戻れないぞ』
『はい、それが恋というもの』
神の力によって、ファニーのぬぐった涙が白い小箱を作った。
『その時が来たら、箱を開けなさい』
神の優しい声が頭の中に広がったかと思うと、ファニーは意識を失った。
気づくと小箱を手にコンビニ裏のアパートにいた。小和井の住まいだ。
「俺は一体……」
目覚めた小和井の意識がつぶやいた。
『箱を片づけるのだ』……ファニーの言葉は音にならない。小和井の肉体に直接届く。
「ん!」
小和井は違和感に首を傾げ、手にしていた箱を冷蔵庫に入れた。
「おはようございます」
早朝、優依がやって来た。朝食を作るためだ。
「おはよう。美味い飯を頼むよ。今日は、調子が悪い。頭の中で変な声がするんだ」
『いつもありがとう』
「あら大変。それじゃ消化の良いものを……」
彼女が卵粥を作った。
「……美味しい?」
「まあまあだな」
『美味しいよ、すごく!』
小和井は食事を済ませると仕事に出た。残った優依は掃除と洗濯を済ませてからコンビニに行くだろう。いつものことだ。
ファニーが小和井の中に入ってからも、容易に彼の態度は変わらなかった。毎日、彼女に家事をやらせて気が向くと抱いた。一方的に、暴力的に……。
『やめろ、やめてくれ。彼女は玩具じゃない』
優依を組み伏せ、乱暴に犯す小和井にファニーは頼んだ。
うるさい。こんな女、玩具で十分だ!……彼の気持ちは容易に変わらない。
「俺は強くなる。金持ちになる」
彼は欲望を言葉にするのに躊躇なかった。
「私、協力する。あなたのためなら、何でもする」
「優依……」
『優依……、愛しているよ』
「愛して……」小和井の唇が動いた。
なんだ?……俺、何を言っている?……小和井が戸惑った。
そうして半年が過ぎたころだった。
「私、赤ちゃんができた」
彼女の告白に小和井は衝撃を受けた。
「誰の……」
『言うな! 私たちの子供に決まっているだろう』
「……ムリだ」
彼が泣いていた。
「私、産むわ。小和井さんが反対しても、これだけは譲れない」
『それでいい』
ファニーは彼女の恋を実らせることに決めた。ここからは彼女と小和井、二人の問題だ。
『あの小箱を』
小和井の身体が動き、冷蔵庫から小箱を取り出した。
「その小箱、気になっていたのだけど、なあに?」
彼女の声が踊っていた。指輪の箱とでも考えているようだ。
「俺も知らないんだ」
「え?」
優依が小首をかしげた。
小和井が箱を開けた。
キラキラ光る結晶があった。
「キレイ!」
彼女の声は半分感動し、半分失望していた。
『私の涙だ……』
神には二度とキューピットには戻れないと言われたけれど、不思議にできるという自信があった。
「アッ……」
「融ける……」
ファニーはめまいを覚えた。
気づいた時、宙に浮かんでいた。キューピットに戻ったのだ。
愛の弓矢を、小箱を見つめる二人に向かって射る。
2本の矢は心臓を深く突き刺した。二人の手の中で、小箱が溶けて消えた。
「結婚しよう」
小和井から申し出た。
優依の笑顔が涙で濡れていた。
ファニーは天上界に戻れなかった。堕天使として下界に残った。それでも彼は幸せだった。
恋のキューピット 明日乃たまご @tamago-asuno
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