IF:闇に堕ちて

 そして2ヶ月が過ぎ、決行の時は来た。

 新兵器は完成し、トーマのラーニングも完了した。


「さて…………じゃあ、ここはもう用済みね」


 その日の作業が終わり、ティファは己の自室で端末を立ち上げる。

 既に準備はできている。

 故に、あとは実行するだけ。


「さぁ。いらっしゃい、スプライシング」


 ──ティファの遠隔操作により、メロスに置いてきた小型船が自動で起動。そして、ハイパードライブで開発部が存在するアイゼン公国の本星上空に現れる。

 その船は後部ハッチを開き、機体を。オーバースプライシング改を発進させた。


「スプライシングにトーマをインストール。あとはお願いね、トーマ」


 遠隔でオーバースプライシング改にトーマがインストールされる。

 すると、オーバースプライシング改はただ一つの命令を実行するため、V.O.O.S.Tを使い大気圏を突破する。

 己の創造主であるティファを助けるため。

 その奇襲にアイゼン公国は反応することができず、オーバースプライシング改はティファの居る建物を破壊しながら、ティファを見つけだして救い出す。

 被害は気にしない。トーマはティファの命を守ること、ティファの命令に忠実であることはインプットされているが、それ以外はインプットされていない。

 例え身内であろうとも、ティファの命令を阻む者は排除する。それがトーマの存在意義だった。


「うん、やっぱり来てくれた」


 建物の壁を破壊し、警報が鳴る中、オーバースプライシング改は。トーマは、優しくティファに手を伸ばした。

 その手に乗り、運ばれたコクピットへと乗り移る。

 コクピットのモニターには、一言。

 おかえりなさい。その言葉が、映し出されていた。


「ありがと、トーマ」


 モニターをそっと撫でる。

 トーマはスクランブルで発進してきたアイゼン公国軍のネメシスをその手に持ったシヴァで撃ち抜いていく。

 その光景をモニター越しに眺め、ティファはコクピットから一つの命令を飛ばす。

 それは、己が作ったシヴァカノンに対して。


「シヴァカノン、自爆プログラム作動。望まれない子供なんて、破壊するに限るわ。ただし、一部は除いておく」


 自爆プログラム。

 普通のプログラムにしか見えないよう、巧妙に隠されたそのプログラムは、丁度オーバースプライシング改を落とそうと、完成したばかりのシヴァカノンを持ち出したネメシスのシヴァカノンにすら及んだ。

 シヴァカノンの爆発により、周囲の機体が、建物が、光に呑まれて爆発していく。

 きっとどこかの戦場でも、シヴァカノンは味方を巻き込んで爆発している事だろう。


「さて……それじゃあ、行きましょ? あなたのお父さんを殺した奴等に、復讐するの」


 トーマは何も言わない。

 ただ、ティファの言葉に従い、空を舞う。

 こうしてティファは、表舞台から姿を消したのであった。



****



 ティファニア・ローレンス脱走の報告は即座にアブファルの元へと飛んだ。


「えぇい、あの小娘め! 欠陥品の武器を送り付けておきながら脱走するなど!!」

「っ……脱走、ですか」


 アブファルの元へと飛んだのは、報告だけでは無かった。

 ティファの追跡及び捕縛。それがアブファルに飛んだ命令であった。

 何故かアブファルの艦隊に支給されたシヴァカノンは爆発せず、使えなくなっただけだったが、アブファルはその理由を深く考えなかった。

 アイゼン公国軍としてはシヴァカノンの火力はとてもでは無いが手放せない物だった。それ故に、もう一度ティファを捕らえてシヴァカノンを作らせる。

 そのための命令がアブファルには下されていた。


「あの小娘の仲間であろう白いネメシスと変形する狙撃機に戦場は滅茶苦茶にされ、あの武器は欠陥品! そんな事をした小娘を捕縛だと!?」

「…………」


 アブファルは従順になった筈のティファが反抗した事に腹を立てていた。

 その癇癪を眺めてから、グラーフは俯いた。

 彼の軍人としての……いや、一人の人間としての勘が言っていた。もう、手遅れだと。

 最早彼女は自分達の命程度では止まらない。文字通りの天災となり、アイゼン公国を滅ぼす。


「せめて、俺に勇気があれば」


 グラーフは一人呟いた。

 あの時。彼の出撃の前、目の前の男を殺し彼等に助命するだけの勇気があれば。

 きっと、こんな事には。


「だが、上層部の命令は命令だな……即座に我が艦隊はあの小娘を追跡する。だが、こちらに逆らったのだ。あの小娘の足は使い物にならなくしてしまうか。それと、人質の女は両腕でも潰すか。あの小娘が歯向かったのだからな」

「……それで止まれば、万々歳ですな」


 未だにこの船に監禁されているロールは、もう1日の大半を寝て過ごす程度には衰弱していた。

 今は点滴などで無理矢理延命させているが、生きていれば人質になり得る。

 故にアブファルは彼女を無理矢理延命させ続けていた。


『──止まるわけ無いでしょ? 今更ロールに人質としての価値なんて無いのよ』


 まずはロールに手をかける。

 そう判断したアブファルの耳に、数ヶ月前にこの船から兵器開発部の方へと送った少女の声が聞こえた。

 これは艦内放送、の筈だ。


「なっ!? なんだ!? 艦内放送か!?」

『えぇ、その通り。この船の全機能をハッキングさせてもらったわ』


 もう一度ティファの声が響いた。

 直後、アブファルとグラーフの前にホロウィンドウが現れ、ティファの顔が映った。

 背景は、よく分からない。暗すぎる部屋にいるのか、後ろにある機械が辛うじて見える程度だ。


「……遅かったか」


 その瞬間、グラーフは全てを悟った。

 既に、自分達は手遅れなのだと。

 船の全機能をハッキングされたという事は。


『せーかいよ、グラーフ少佐? 数日も猶予があったものだから、色々と準備してきちゃった』

「な、なんだと、この小娘が!!」

『あら? この男はまだ分かんないの? それなら……こうしちゃえ』


 直後、会議室の扉が遠隔でロックされる。

 それにアブファルが騒ぎ立てるが、それから数分も経たないうちにアブファルは息を荒げながら膝を付き、グラーフも息のしづらさと頭痛を感じ、思わず膝を付く。


『その部屋の酸素濃度を一気に下げてみたわ。どう? 苦しい? どんな気持ち?』

「こ、小娘、貴様ぁ……!!」

『あっはは!! その状態で凄んでどうなるっていうの!? あんた等の命は手元のパネル一個で消え去るのよ!? 凄んだら酸素が戻るっていうんならやってみなさいよ! あははは!!』


 アブファルは歯を食いしばってホロウィンドウ越しにティファを睨んでいる。

 だが、グラーフは一人頭痛に苛まれながらも俯いていた。

 ある程度深呼吸して頭痛がマシになったのを感じてから、口を開く。


「…………私達をこうして羽虫のように虐め抜けば、君の気は晴れるのか」


 それで、気が済むのであれば──


『は? ンな訳ないでしょ。そんなのは大前提』

「ならば、どうする気だ」

『アイゼン公国を滅ぼす。アイゼン公国の人間を皆殺しにして、国そのものをこの宇宙から消す。あんた等の二人にはその生き証人になってもらうわ』

「なん、だと……? まさか、何の罪もない民間人まで、手にかける気か!?」

『罪が無い? 冗談言わないでよ。アイゼン公国に産まれた、それだけでわたしにとっては罪。死刑に相応しいわ』

「そんな事が……!!」

『あんた達だって何の罪もない、寧ろ益を齎したトウマに何したっけ? 言えないわけがないわよね?』

「っ…………だ、だが、アイゼン公国の民は……家族達は、ぐっ!?」

『酸素濃度を更に下げた。人間が活動できるギリギリの酸素濃度よ。ってか、ギャアギャア同じこと喚くんじゃないわよ。アイゼン公国の人間は皆殺す。それがわたしの決めた復讐よ』


 頭痛に苛まれる中、グラーフはホロウィンドウの先のティファを睨む。

 だが、ティファは止まらない。

 彼女が指を鳴らすと、もう一枚のホロウィンドウが現れた。

 そのホロウィンドウには、一つの星が映っている。


『ねぇアブファル大佐? あの星、見覚えがないかしら?』

「あ、あれは……」

『そう、あんたの両親が住んでる星。綺麗よねぇ、住むだけで結構なお金が必要なだけあるわ』


 そして、そのホロウィンドウに一機のネメシスが映る。

 そのネメシスは、巨大なミサイルを搭載したランチャーを装備していた。


『昔、トウマが光子魚雷って武器を教えてくれたの。架空の武器なんだけど、直撃するとマイクロブラックホールを作るっていう凄い武器なのよ』

「マイクロ、ブラックホールを……?」

『そう。当時はそんなモン作りたくなんて無かったけど、わたしって天災だし? 不思議なんだけど、作り方は分かっちゃったのよ。答えが分かれば途中式なんてどーとでもなるじゃない?』

「ま、まさか……」

『だから、この数日で作っちゃった。あのネメシスが持ってるランチャーに装填された10発。全部がわたし特性の光子ミサイル。あの程度の星なら、そうねぇ……3発もあれば人間が住めなくなるわねぇ?』


 ティファがそう言った直後、画面が動く。

 星ではなく、その近くの衛星が映り、そこへ向かってネメシスが光子ミサイルを放った。

 放たれた光子ミサイルはミサイルとは思えないほどの速度で飛んでいき、衛星に着弾。

 衛星の表面に黒い点。マイクロブラックホールが作り出され、衛星を飲み込んでいった。


『あっ、間違っちゃったぁ』


 ティファの猫なで声なんてアブファルとグラーフの耳には入らなかった。

 ただ、2人の目には、そこにあった筈の衛星がマイクロブラックホールに呑まれ消滅する光景しか映し出されていなかった。

 この映像が合成だと言い張ることもできただろう。だが、あまりにも低い酸素濃度のせいでそんな思考は働かず、目の前の事を受け入れるしかできなかった。


『んじゃ、次は本命』


 ティファは光子ミサイルが10発あると言った。

 あと9発もあの星に、人が住む星に撃たれたら。


「ま、待て……!! それ以上やれば、君は大罪人だ……!! 二度と、表社会を歩けなくなるぞ……!!」

『発射』


 グラーフの説得は意味を成さず、光子ミサイルが人の住む星へと放たれた。

 大気圏で起爆したミサイルはマイクロブラックホールを作り出し、地表を抉る。

 更に続けざまに5発の光子ミサイルが放たれ、合計6つのマイクロブラックホールが星を飲み込んでいく。


「あ、あぁ……ち、父上、母上……」

『死んじゃったわねぇ? マイクロブラックホールに飲み込まれて』


 愉快そうなティファの声。最早彼女に他人の事を考える思考なんて残っていない。

 ただ、復讐を果たす。そのためだけに。


『事象の地平に飲み込まれるってどんな気分でしょうね!? もしかしたら無限等しい時間続く終わりを味わってる、なんて!! すっごい愉快じゃない!?』

「こ、小娘、き、貴様ぁ……!!」

『あらぁ? 酸素不足で地べたを這いずる虫がなんか言ってる? 虫は虫らしく羽音でも立ててりゃいいのよ!!』


 笑いながらティファは指を鳴らす。

 直後、船が激しく揺れた。


「な、なんだ……?」

『わたし謹製の突撃部隊を送り込んだわ。既にあんた等の船はその部屋以外無酸素状態。乗務員は全員死亡。残ってるのはあんた等だけ』

「くっ、やはり既に……! もしや、人質の彼女まで……!!」

『死んでもらったわ。寝ている間に酸欠で。まぁ、楽な死に方だったんじゃない?』


 つまり、もう彼女を止める手立ては。


『そんじゃ、あんた等は突撃部隊に確保させる。その先は……どうなるでしょうねぇ?』


 ティファの悪魔のような笑顔を最後に、ホロウィンドウは消えた。

 そして次の瞬間、会議室のドアが轟音と共にぶち抜かれる。

 そこに立っていたのは。


「アンドロイド、だと……!?」


 人ではなく、無骨なアンドロイド。それが2体。

 それがアブファルとグラーフを無理矢理立たせ、腹に拳を叩き込んで気絶させると、アンドロイド達はアブファルとグラーフを担ぎ上げ、そのまま拉致するのであった。

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