What IF:もしもトウマが使い潰されてしまったら

IF:翼は折れて

 トウマはアブファルの指示に従い、敵陣のど真ん中に向かって飛び込んだ。

 だが、その結果待っていたのは、やはり集中砲火。たった1機のネメシスに向かって撃たれてはいけないほどの弾幕。

 いかに相手が単騎ではトウマに遠く及ばない敵であっても、いずれは限界が来る。

 ティウス王国軍の中で小さな花火が上がるのは、時間の問題だった。

 仮に、もしここで誰かが彼を単騎で足止めに来たら、未来は変わっただろう。

 だが、そんな未来は来なかった。

 トウマ・ユウキという青年は、戦いたくなかった相手と戦った末、その命を散らしたのだ。


「あの害虫共を相手に一騎当千の働きをしたと聞いて使ってみれば、この程度とはな。所詮は傭兵か」


 その顛末を、ティファはアブファル越しに聞いた。

 トウマが死んだ。

 たった一人、自分の事を見てくれた彼が。

 あれだけ頼もしかった彼が。やりたくもない戦争の道具にされて、使い捨てられた。


「トウ、マ…………」


 それを聞いたティファは、膝から崩れ落ちた。

 その様子を見たアブファルは彼女を無理矢理立たせようとしたが、その前にグラーフが動き、ティファの肩に手を当て、彼女を支えた。


「もう十分でしょう、大佐。彼は我が軍のため、その命を散らした。これ以上死者を冒涜するものではない」

「何を言うかと思えば。死人など」

「アブファル大佐!! それ以上は、例え上官であれど!!」

「上官であれど、なんだ?」

「っ…………!! 私は彼女を部屋に運びます。彼女の処遇は、いずれ」


 グラーフはアブファルに歯向かえなかった。

 上官であるアブファルに、これ以上反抗するだけの勇気が無かったから。

 だからせめて、この無実の少女だけでも守ろうと、後ろから聞こえるアブファルの言葉を無視し、ティファを立たせて部屋まで連れて行く。


「…………すまない。だが、せめて君だけでも、その処遇は自由の身になるように努力しよう」


 ティファを部屋へと連れて行きながら、グラーフはなるべく優しい声色で彼女に告げた。

 せめて、せめて彼女だけでも。そう思って。

 だが、もうそんな事はティファにとって関係なかった。


「…………もう、いいわよ」


 聞こえてきた声に、ゾッとした。


「トウマを殺された…………たった一人の、大好きな人が、あんたらみたいなのに駒にされて、殺された」

「それは…………」

「善人面して、何様よ。今更そんな声色で話しかけりゃこっちは立ち直れるとでも思ってんの?」


 グラーフの手を振り払い、ティファはグラーフの目を覗き込む。

 彼女の目には、もう光なんて無かった。

 ただ、漆黒を。暗い闇の底しか映していなかった。


「精々わたしの手綱でもしっかり握る算段を付けておくことね。もしもその手綱を離したら…………あんたも、あんたの家族も。アイゼン公国の人間全員、殺してやるわ」

「み、民間人は」

「関係ない? 無くないわよ。アイゼン公国は滅ぼす。あんたらがトウマを殺したように、こっちだって殺してやるわよ」


 その言葉でようやくグラーフは理解した。

 自分が、やってはいけない事をやってしまったのだと。

 既に自分達は取り返しの付かない所まで来てしまったのだと。

 これを止めるには、彼女を監視し続け、彼女の行動を理解し続け、その全ての行動にセーフティーロックをかけるしかない。

 少しでも隙を見せれば、彼女は間違いなく。


「ねぇ、わたしがトウマ達にふざけてなんて呼ばれてたか知ってる? 天災メカニック。天の災害って書いて天災ですって。その災害、抑えられるといいわねぇ?」


 彼女の中にあったストッパーは完全に無くなった。

 理性を繋ぎ止めていた唯一の存在は、小さな花火となってこの世から消えてしまった。


「もしも抑えられなかったら、その時は特等席で見せたげるわ。災害で人が死んでいく、無慈悲な光景を」


 それだけ言うと、ティファは自ら軟禁部屋に戻っていった。

 それを見送り、グラーフはその場で尻餅をついてしまった。

 PTSDにかかった軍人や、狂ってしまった被害者は職業柄見たことがある。

 だが、彼女のように人としての最低限の理性すら捨て、完全な殺人マシーンに切り替わってしまった人間を見るのは初めてだった。


「俺達は……なんて化け物を産んでしまったんだ」


 その対価を払うまで。

 残り、6ヶ月。



****



 それから3ヶ月の時が経った。

 戦線は膠着していた。

 その理由は、狂ったように戦うサラ・ハインリッヒとレイト・ムロフシのツーマンセルにあった。

 幾つもの戦場を駆け回り、その戦場で勝利を齎す2人の功績により、ティウス王国はアイゼン公国を相手に持ちこたえられていた。

 その様子を見て、アブファルはティファを後方に送り、新兵器の開発を行わせる事にした。


「正気ですか?」

「何を言う。奴は最近やけに従順だからな。それぐらいのことはやるだろう」

「…………そうですか。私からはもう何も言いません」


 グラーフは直感した。

 もうアイゼン公国は終わりだと。

 故に、グラーフはティファが友軍船で後方に。兵器開発部に送られるのを見てから、己の家族に連絡を行った。

 即座にメロス国かココノエ神聖国へ退避してくれと。

 流石に国外に退避すれば問題ないだろう。グラーフはそう思って──その想定は完全に甘かったと、後程思い知る。

 そしてそれから1ヶ月の時が経過した。

 アブファルの船には、一つの新兵器が送られてきた。


「新型エネルギー兵装、シヴァカノン。射程は1km。火力はお墨付き。どうやら彼女はいい働きをしているようだな。おかげでこちらの評価もうなぎ登りだ」

「味方にいる限りは、ですがね」


 シヴァカノン。

 ティファの船に備えられていたエネルギー兵装。それを更に量産可能な域にまでダウングレードさせたものが、アブファルに送られた物だった。

 それによるアブファルへの評価。そして、これからの戦争の変わり方にアブファルは笑顔を浮かべる。

 トウマは使えなかったが、彼女は予想以上に使える。その結果に。

 だが──


「馬鹿ねぇ。わたしに機械を触らせるなんて。好き勝手やれって言ってるようなもんじゃない」


 アイゼン公国の兵器開発部でティファは、己に与えられたローカル端末を使って一つのプログラムを組んでいた。

 ローカル端末は誰にも見られていない所で改造し、ネットワークに繋がるようにした。

 さらに、軍内部のサーバーや国のサーバーにもハッキング。必要な情報を粗方抜き取っていた。

 そして今は、全てを終わらせるためのプログラムと、そのための新兵器を作っている。


「わたしって天災だからね。トウマはそう言ってくれた。天災ってのは、作れないモンなんて無いのよ」


 不思議な感覚だった。

 作りたいものを思い浮かべて、何が必要かを理解して。そうして少しずつ理詰めをすると、必要な情報はすぐに理解できた。

 結論ありきの理論。それを矛盾なくティファは作れてしまっていた。


「あと2ヶ月。それだけあればこの子も、アレも形になる。そうしたら、トウマ。あなたの後を追える」


 ティファが組んでいるプログラムは、形になりかけている。

 あとは、完成させるための最後の要素を。

 トウマの戦闘データを、片っ端から組み込む。


「だから、力を貸して。わたしとトウマの、最初で最後の子供」


 それは、この世界には未だ存在していない、完成されたAI。

 ただネメシスを操り、敵を滅する人工知能。


「トーマ」


 トウマ・ユウキの力を得た、誰にも止めることができないAIだ。



****



 お久しぶりです&あとがきになります。

 今回含めて3話分、ティファちゃんチキチキアイゼン公国解体ルートのIFストーリーとなります。

 割と救いがない感じに仕上がっています。

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