駆け抜けた先にあったもの

心はマーセナリー

 彼女と付き合い始めてから、既に1年程が経ったというのはしっかりと覚えている。

 あの戦いのあと、キスをして。そこから、彼女から好意を伝えられて、己の中にあったそれを自覚して。

 だから付き合い始めて。

 なんやかんやあって死んだ扱いにされて。

 そうして、なんやかんやあって名前を変えて。

 なんやかんやあってその生活にも慣れて。

 なんやかんやあって恋人らしくデートとかもやって。

 けど、やっぱり刺激が足りない。

 故に思ってしまうのだ。


「なんか俺達、枯れたような生活してんなーって思わなくもないわけよ」

「今まで濃かったからねぇ。そこら辺どう思う? サラは」

「いや、あたしに聞くなし」


 ユーキは遊びに来たサラに対してそんな事を己のパートナーと一緒にぶちまけていた。

 サラは最近、一人で傭兵をやっている。

 やっぱり彼女には一人でじっとしてる生活は合わなかったため、メロス国に拠点を移して……というか、ユーキとニアの家の近くに家を構え、そこで生活をし始めた。

 なんでユーキとニアと関係があるのかは誰も分からない。

 本当になんでだろうね。不思議だね。


「まーでも、いいんじゃない? 今まで暴れすぎたし。2人とも、今の生活に嫌気がさしてるとかじゃないんでしょ?」

「まぁ、そりゃな」


 暴れすぎていた。その言葉で脳裏に過る、傭兵としてブイブイ言わせていた頃。

 結局今は傭兵は半ば引退。

 ミーシャ……と言うよりもその背後の国王から伝えられた、罪人としてティウス王国の地を踏めなくなるか、名前と戸籍を一新して柵のない人生を送るかの2択の選択。

 その2択の中から後者を取ってからの、戦いは自重した生活を選んだ。

 一応、こうして新しい名前と戸籍を態々メロスに掛け合って用意してくれた上に打ち込まれたIDチップの情報書き換え、更に名前を書き換える前の口座やら何やらも普段通りに使えるようにするという中々に面倒な事を一手に引き受けてくれた恩義があるため、ティウス王国の有事の際は力を貸す事は約束している。

 とはいえ、そんな事はあまり起きてほしくは無いのだが。

 寧ろ王としてはその約束を漕ぎ着け、1国の軍を相手にしようと、補給と報酬をしっかりしたら時間稼ぎ程度なら難なくこなせる戦力を事実上保有している状態にしたかったのだろう。

 これはニアにも読めていたが、まぁ折角そこまでしてもらったんだから、ある程度は許容するか、と納得した。

 ただ、今でも偶に小遣い稼ぎに賊退治だったり蜂退治をして治安の向上には一役買っている。ストレス解消とお小遣い稼ぎのために。

 やってる事はあまり変わらないが、それに奔走してた頃よりは今の生活は時間にゆとりがある。

 どっちがいいかはその時によるが、少なくとも今の生活は悪くないとは思える。


「むしろ、時間がありあまり過ぎてて困惑してるっていうか……なんていうか」

「でしょーね」


 安物の紅茶を飲みながらサラは何を聞かされてんだか、と溜め息を吐く。

 こいつらが付き合い始めたと知ったときは驚いたが、まぁそうなるか、と納得もした。

 元々ユーキとニアは距離が近かったし、ココノエに一緒に行った辺りからそーいう雰囲気はニアから出ていたし。


「で、2人ともいつ結婚すんの? もういい歳じゃない?」


 これ以上変な惚気聞かされるわけにもなー、と思ったサラが試しにそんな事を聞く。

 せめて慌ててくれないかなー、と思いながら。

 しかし2人は顔を見合わせ、首を傾げ、改めてサラの方を見て。


『さぁ?』


 そんな事をほざいた。

 なんかこういう生活始めてからニアの知能が下がってる気がする、と思わなくもない。

 思わずサラは額に手を当てた。


「さぁって……自分達の事でしょ」

「んー、そうなんだけど……婚約指輪買ったしもういいかなって」

「婚約も結婚も変わんないでしょ」

「関係は変わらないかもだけど書類上は変わるのよ。レイトが苦労してたわよ。あんた等2人、夫婦として纏めて招待するか、友人として個別に招待するべきかって」

「あー、結婚式?」

「そう、結婚式で」


 レイトはこの間、結婚式を挙げた。

 これはビアード家側からの要望であり、貴族でなくなるのなら、せめて最後に式を上げて祝わせて欲しい、と。

 結局レイトがある程度折半し、ミーシャもポケットマネーを出しての結婚式だったが、結構凄い規模の式だったのは記憶に新しい。

 ユーキとニアはその友人枠として招待を受けたのだ。


「あれ凄かったよなぁ。最後はカタリナさんの兄貴ズと親父がネメシス乗ってレイトに決闘挑んだんだから」

「いつの間に練習してたんだってビックリしてたわよね。結局レイトにボコられてたけど」

「完璧に修復したライトニングビルスターに勝てるわけないのにねぇ。ってかニア。あんた、ライトニングビルスターにイグナイターとの合体機構なんていつ取り付けたのよ。兄様が白目剥いてたわよ。一個の家が持つ戦力じゃねぇって」

「勿論修理したとき。足もガーディアンパックも無くなっちゃったんだから、ついでに付けたのよ。ユーキが言ってた……何システムだっけ?」

「ストライカーパックとシルエットシステムだな」

「そうそれ。そんな感じで戦闘中にガーディアンパックとイグナイターの付け替えができるようにしたのよ」

「修理でやる事じゃないってツッコミはしていいのかしらね、これ」


 最後は宙域でのドンパチが始まった結婚式。

 カタリナの珍しい呆れと怒りと羞恥が混ざった顔と、瞬殺した結果、凄いいたたまれない顔をしたレイトの事は記憶に新しい。

 そんな顔するならライトニングビルスターGを持ち出した上に本邦初公開のライトニングビルスター・イグナイトまで披露するなとツッコミを入れたのも懐かしい。

 そんな2人も今はハインリッヒ伯爵家の領地に新しく家を買い、そこで仲良し夫婦をしているのだが。


「あとはサラとミーシャ様のイイ人見つけかしら?」

「勘弁してよ。あたしはもーいいの」

「ミーシャ様は?」

「この話題振ると面白いように震えるわよ?」

「そう言ってるとサラも行き遅れになるぞ」

「うっさいわね一度終わらせた話題を掘り返すな」

「ねぇ君僕の顔のことサンドバッグか何かかと思ってない?? 顔は拳を叩き込む場所じゃないんだよ??」

「じゃあわたしもついでに」

「なんで??? なんでよりにもよって肘で顔殴ったの??? 一応彼氏よ俺???」

「洗濯物くらいちゃんと洗濯機に入れろっていつも言ってるでしょうが。また脱衣所に放置してあったわよ」

「すんませんした」


 他愛もない言葉に笑いながら、時折ユーキの顔がクレーターみたいになりつつもまったりとした時間を過ごす。

 傭兵時代にもあったようで、なかったような時間。

 こういう時間を過ごすと、自分達は生き急いでいたんだな、と実感する。


「さて、そんじゃ、あたしは次の仕事があるからそろそろ行くわ」

「そうなのか?」

「えぇ。害虫駆除の依頼。元アイゼン公国の所が今凄いらしいから、実入りがいいのよ」

「そういうこと。じゃあ、頑張ってね」

「ん。帰ってきたらラーマナの整備よろしくね」

「任せなさい」


 安物の紅茶を飲み干して立ち上がり、玄関から出ていくサラを2人で見送る。

 玄関で手を振って、サラが自家用車で離れていくのを見送って。

 暫くそのままサラが行った方をなんの意味もなく見ていると、ニアがユーキに体重を預けた。


「どした?」

「なんでも。ただ、結婚かぁって」

「そうだなぁ……」


 そっとニアの肩を抱き寄せる。

 そんなに高いものにすると普段から身に付けるのが躊躇われるし、周りにバレたら厄介な事になるかもだから、という理由で買った、ちょっと安物に見えるシルバーのリング。

 婚約指輪。婚約を行った事を示す指輪。

 いずれは結婚する。だからこその指輪。


「スプライシングの装甲でも削って作るか? 結婚指輪」

「それもありね。作ったらロールに自慢しに行く?」

「お前、婚約指輪の時にそれやってキャットファイトになったろ」

「記憶にございません」

「都合のいいお頭なこって」


 ロールはあの戦いの後、流石にまたメロスに戻しては同じ目に遭うかもしれないということで、ハインリッヒ伯爵家の役所に勤務することになった。

 住居もハインリッヒ伯爵領へと移し、新しい職場に四苦八苦しながら頑張っている。

 ちなみに恋人募集中。理由は鉄と油まみれだった幼馴染に預金どころか男が居る期間まで負けたくないから。

 もう負けてるとか言わない。


「……実は、一番最初のあの子の装甲パーツ、ちょっとだけまだ残してるの」

「知ってる。小型船の格納庫の端っこにいつもあったもんな」

「じゃあ、結婚指輪はわたしが作っちゃうわね。あの子の装甲を切り取って、いくつかの金属混ぜて、合金にして丈夫にしてから」

「そこら辺は俺の管轄外だからな。任せるよ。婚約指輪は俺が適当に買ったやつだし、今度はニアの番だな」

「そうね。でも、デザインは自信ないから、期待しないでね?」

「期待しとく」

「なによ、言う事聞きなさいよ、ばーか」

「はいはい」


 知り合いはみんな生きている。

 互いに互いの道を歩いて。

 それでいいじゃないか。

 また頑張るのは、何年か、何十年か、どれだけ先か分からないが、またいつか。


 ──ユーキは。トウマは、噛み締める。ゲーム感覚で始まり、そして現実と受け入れた先の、新しい生活の終着点。そこにあった幸せを。

 ──ニアは。ティファは、受け入れる。意地を張った先にあった、慌ただしくも楽しかった日々。その先にあった幸せを。


 何かがあれば、また戦う。

 何かがあれば、また船に乗る。

 何かがあれば、名を戻してでも己の道を貫く。

 そのための力は、まだ残っている。今も、思い出の船の中で、いつでも2人の事を待っていてくれる。

 きっとこの力は、己の子供たちの力にもなってくれるはず、だから。

 だから──2人の戦いは一旦これでおしまい。

 暫くは普通…………とは大分かけ離れているが、ゆっくりと時が過ぎる日々を過ごしていく。

 ──死が2人を分かつまで。その証左となる指輪には、2人の名前が刻まれていた。

 トウマ・ユウキ/ユーキ・ディッパー。ティファニア・ローレンス/ニア・フローレス。

 2人の、2つの名前が。


「…………いや、裏面ぎっちぎちになり過ぎたわね? なんかすんごい事になってる」

「締まらねぇなぁ、俺達」


 多少締まらないが。

 これぐらい緩いくらいが、ちょうどいいのだ。



****



 それから数年後。

 一機のネメシスが、小さな船と共に宇宙を飛ぶ。光の翼と共に、どこまでも一緒に。

 宇宙を流浪し。誰かの依頼を受けて小遣いを稼いで。そして、暫くしたら家に帰って2人だけの時間を作って。

 傭兵としての仕事をしながら、いつまでも、いつまでも。



****



 ということで、本作はこれにて完結となります。

 長らくのお付き合い、ありがとうございました。最終話のサブタイは、1話目がオーガスのOPからだったので、オーガスのEDから取ってみました。


 本作はとにかく自分の好きな要素を詰め込みつつ、好きなようにやった作品です。

 プロットなんてマリガン辺りの話とレイトが出てきた話の途中までしか最初は無かったのですが、気が付けばここまで話は膨れ、キャラも増えていきました。

 なんならスプライシングは設定上の最終形態(オーバースプライシング)を出したのに、更にその先(ファイナルスプライシング)に行きましたからね。

 ラーマナも当初はマリガン戦で大破して退場予定の筈でしたが、続きのプロットで出したいなーとなった結果、サラの愛機として頑張り抜いてくれましたし。

 そうやって自分の好きを詰め込んで作った作品がここまで色んな人に見ていただけるのは本当に感無量です。

 キャラ設定とかも裏で纏めてるので、もしかしたらその内、本話のあとにポンッと出すかもしれません。

 あと、番外編とかもですね。もしかしたら書くかもしれないです。特にミサキとか最後にチョロっとしか出せなかったので、彼女が主役の番外編とか、闇落ちトウマルートとかティファちゃんのチキチキアイゼン公国お料理ルートとか。

 まぁ、ここら辺はあまり期待せずに、もしも投稿されたらなんか来たなー、程度で見ていただければと。

 改めて、本作を読んでくださった皆様方。本当にありがとうございました。

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