精算と決着。全てを終えて

 たった一人、あの戦場を抜け出す決断をして、そして抜け出せたアブファルは戦闘宙域から離れた場所で一息ついていた。

 

「ふぅ、驚かせおって……このまま進路は基地に向けろ。一度態勢を立て直し、援軍を要請する。グラーフは?」

「シグナル、ロストしています」

「死んだか。まぁいい。さて、今度はやつらの首輪をどうやって付けるか考えねばな。ハインリッヒ家の関係者でも拉致るか? そういえば、ハインリッヒ家の長女は最近ビアード家の者と結婚したのだったな? そいつらを拉致すれば」

『だーれを拉致するって? アブファル大佐ぁ』


 その時、聞きたくない者の声が聞こえた。

 

「なっ、どこから!?」

「つ、通信回線が無理矢理こじ開けられてます! そんな……船の設備が次々とハッキングされています!」

「な、なんだと!? そんなことができるのか!?」

「第三者に全ての権限を持っていかれました! あちらからは自爆コードだろうが艦内の空気だろうが、全部思いのままです!!」

『さーて、まずは格納庫と居住区ね。ここの空気をすべて抜いてっと。はい完了。あーあ、可哀想に。非戦闘員の方々もみーんな窒息して死んじゃうでしょうね』


 止めさせろ。

 そうアブファルが命令する前だった。

 ブリッジの目の前。宙域に光をまとった機体が現れた。

 

『よう、俺達から逃げれるとでも思ったか?』

「な、ぁ!? な、何故だ!? あの戦域からここは10光年以上離れているんだぞ!?」

『ハイパードライブアンカー。わたしの発明よ。ハイパードライブで逃げた船を追っかけることができるの。素敵でしょ?』

『実にな。で、追いついてみればちんたらしてる船が居たもんでな。ゆーっくりと船の全機能をハッキングさせてもらったわけさ』

『実に簡単だったわ。ということで、今度はブリッジ以外の空気抜いてっと』

「か、艦内の酸素濃度、急速低下……このブリッジ以外はもう真空です……」


 ブリッジはエアロックがかかっているため空気は漏れない。

 ブリッジだけをピンポイントで破壊されても他の区画に居る船員は助かるようにするための処理だ。

 それが、今回はブリッジにいる数少ない人間を生かした。


『これであの宙域にいた軍人は文字通り全滅。逃げ延びたやつは少なからずいるが、抵抗した奴は全員殺したからな』

「そ、そんな馬鹿な……! つ、通信を! あの宙域の船のどれでもいい!」

「…………全艦、ロストしてます」


 逃げる船は逃げる前に。戦いに来た船は戦いに来た瞬間に。

 射程が数十キロはあるシヴァカノンを放ちながら無造作にソレを振るだけで、逃げられる機体は居なかった。


『あとは、お前たちだけだ。けど、お前たちで最後じゃない。お前たちを殺したら、俺達は戦争が続く間、アイゼン公国軍を殺し続ける。これはお前が招いた結末だ、アブファル』


 光の翼が動き始める。


「ま、待て!! き、貴様、こんな事をして──」


 アブファルが性懲りもなく喚き始めた。

 が、その言葉は途中で途切れた。

 ブリッジで響いた一発の銃声により、眉間を撃ち抜かれて。


「は、はは…………こ、これで許してよ……私、悪い事してないじゃん……」


 アブファルの眉間を撃ち抜いたのは、オペレーターの女性だった。

 トウマの担当をしていた、あの女性。

 彼女が何も言わずに席から立ち、近くの銃火器を持った人間からそれを借り受け、アブファルを撃った。

 だが、彼女の事を誰も責めない。

 彼女が撃たなければ誰かが撃っていた。間違いなく。


『……そうか』


 アブファルが死んだ。

 だが、トウマの声色は変わらない。


『言ったろ。俺が恨んでるのは、アブファルだけじゃない。精々無能な上司を早めに処分しなかった事を恨め』


 そして、光の翼がブリッジを焼いた。

 ブリッジだけを貫かれた船が、慣性だけでゆっくりと飛んでいく。

 ここから先、この船は誰かの目に留まるのか。それはわからない事だ。


「……終わったか」

「終わった、わね」


 スプライシングのコクピットでトウマは呟く。

 これで、今回の件は終わり。あとは罪滅ぼしにティウス王国軍の援護を、今回の戦争が終わるまでするだけ。

 アイゼン公国軍の手先になるよりも、いささか気は楽だ。

 トウマの操縦桿を握る手の上から、そっとティファの小さな手が被さる。パイロットスーツ越し故に彼女の体温が感じられない事が、ちょっともどかしかった。


「…………これからどうなるのかな、俺達」

「ティウスに牙を剥いたのは変わらないから……もう、あの国の土地は踏めないかもね」


 サラはきっと何とかすると言うだろう。

 ミーシャもそのために尽力するだろう。

 最終的にこの戦争に勝ったのは、ファイナルスプライシングのおかげだと。

 だが、兵士達は忘れない。トウマが敵として、外道行為をしながら戦った事を。既に、元鞘に戻るにはやりすぎてしまった事を。


「メロスに、戻りましょ。そこで、傭兵はしばらく休業」

「そう、だな。いつか言ったみたいに、2人で家買ってそこに住むか」

「うん。でも……トウマ、わたしについて来なくても、いいのよ? この子の整備なら、いつでもやってあげるから。好きに、生きても」


 ティファの手に少し力が入る。

 弱々しい力だ。

 けど、トウマはそれを受け入れる。受け止める。

 彼女の弱気も、強気も、寂しさも、全部。


「馬鹿言うなっての。ティファの隣が俺の行きたい所だ。もう、お前無しの人生なんて考えらんねぇよ」

「……いいの?」

「いいよ。戦いなんて、もう一生分やった。金だって稼いだ。それに、お前が横にいる。ならもう、いいよ。俺も、疲れたよ」


 この世界に来て、ティファと一緒に頑張ってきた。

 宙賊を討伐して、同郷の賊に復讐を果たして、キングズヴェーリを倒して、平行世界産の蜂に揉まれて、どデカい蜂を撃ち抜いて、最後に戦争で大暴れ。

 もう十分だ。

 十分、楽しめた。

 これからはスローライフをしてもバチは当たらないだろう。沢山殺したけど、それ以上に沢山の人の命は、救ってきたはずだ。


「だから、たまーに傭兵やって小遣い稼いでさ。あとはゆっくりしよう。もう、頑張りすぎずにさ」

「…………うん。そうしよっか」


 目を合わせて、頷く。

 ティファが微笑み、トウマも笑みを浮かべる。

 そっと、ティファの手がトウマの頬に伸びる。

 バイザーを上げて、そっとティファがトウマがそこに居ることを己の手で確認して。

 そっと。

 そっと、そっと。


「────ファーストキス、なんだからね」


 数秒後、ファイナルスプライシングは羽ばたき、この宙域からハイパードライブで消えた。

 ──これから1月後、アイゼン公国はティウス王国を相手に敗北。

 アイゼン公国軍は戦争開始前と比べ、半分以上がこの戦争で消失した。

 そして、この戦争から1年も経たない内にアイゼン公国は他の国から戦争を仕掛けられ、敗北した。防衛のための戦力が無かった事に加え、ティウス王国が暴露したアブファルの所業によって、世論が敵に回った事も大きかった。

 アイゼン公国軍の軍事基地の尽くが空から降り注ぐ光により壊滅して機能停止していた事は、どうだろうか。

 この敗北により、アイゼン公国はその歴史に幕を下ろす事となった。

 ──そして、アイゼン公国がティウス王国軍を相手に尽く敗北したその戦場には、光の翼を携えた一機のネメシスが居たのだとか。



****



 トウマ・ユウキ。

 彼はこの戦いの後、

 彼は、ティウス王国の兵士を殺しすぎた。

 王の兵を、殺しすぎたのだ。

 例えその先で罪滅ぼしをしたのだとしても、一度敵に周り、100以上の兵を殺した罪は大きく。そして、それ以上に100以上の兵の家族達からしてみれば、トウマは到底許せる存在ではなかった。

 それ故にトウマはアイゼン公国軍からハインリッヒ伯爵家に寝返り、終戦の後、ハインリッヒ伯爵家にて勾留。

 その後、王からの勅命により断罪されたのだった。

 ──それにハインリッヒ伯爵家が形ばかりと言わんばかりの抗議しかしなかった事。トウマ当人が、一切の抵抗もなくそれを受け入れた事は疑問視されているが。

 ティファニア・ローレンス。

 彼女はその後を追った。

 彼の断罪の後、彼女は今までの功績と直接的にはティウス王国の兵を殺していなかった事実が加味され、すぐに解放された。

 しかし、その数時間後、彼女の乗った大型船は自爆。それにより彼女は帰らぬ人となった。



 ──だから。



「ただいま、ニア」

「あ、おかえり、ユーキ。頼んでたもの、買ってきてくれた?」

「ほら、この通り。シャンプーとリンス。前から使ってたやつをご注文通りに」

「ありがと。じゃあ、どうする? ご飯にする?」

「そうだな、そうしようか。じゃ、俺がとっととカートリッジセットしてくるよ」

「お願いね。わたしはお風呂にこれ置いてくるから」


 ユーキ・ディッパーとニア・フローレス。

 トウマ・ユウキとティファニア・ローレンスの死亡が確認された翌日、こっそりとメロス国の人間として登録された2人は、あの2人とは一切関係無いのだ。

 2人は今日も、有り余る金で田舎のコロニーの端っこに買った豪邸で、笑いながら毎日を過ごしている。

 その薬指には、2人の全財産からしてみれば、ほんのちっぽけな。けれども、綺麗な銀色の指輪が付けられていた。



****



 あとがきになります。

 次回、最終回です。

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