後味の悪い勝利
『これまでか』
「よう、グラーフ少佐殿。調子はどうだ?」
『今日までの悪行を清算する方法を考えていたところだよ。それと、乗務員の退避はいつ頃終わるのか、もね』
「残念ながらそれは叶わないな」
『そうか、仕方ない。こちらを殺せば、君は止まってくれるのかね?』
「ここにいる奴らは可能な限り殺す。それだけだ」
『ならいい。本国にいる家族の安全が確保されるのならな』
グラーフの言葉にトウマは顔をしかめる。
「……随分な態度だな」
『こう見えても根は一般人でね。君には許されないことをしたと思っている。死ぬのは怖いともね。だが、ここで逃げれば君はこちらを意地でも追いかける。そして全てを蹴散らし、こちらを殺すだろう。ならば、怖いのはグッと我慢してみようと思ったまでさ。これ以上、被害が他にいかないようにね。乗務員には、悪いと思っているよ』
その言葉にトウマは歯を食いしばる。
「……そうやって善人ぶるつもりか、グラーフ!」
『していないさ。君たちの尊厳を踏みにじった以上、こちらは悪人だ。その悪人を裁く権利が、君にはある。乗務員の大半は納得していないだろうが、構わん。上官命令で納得させるさ』
グラーフは本気だ。
死ねといわれれば死ぬ。乗務員の退艦を許さないと言えばその通りに従い、殺されるだろう。
だが、ここで問答無用で殺してしまっては。
「…………三分だ。通信をつなげたまま、三分待つ。抵抗するなり好きにしろ。そこから何かが飛び出しても、俺は気にしない。ただし、向かう先はティウス王国軍の方だ。救難信号を上げてそっちへ飛べ。そうしたら命だけは助かるはずだ」
ここでグラーフの言う通り、皆殺しにしたら、どこか彼に負けた気がする。
だから、そんなことはしてやらない。
三分間だけ時間をやり、脱出した者は殺さない。それがトウマの出した結論だった。
『感謝する。というわけだ、総員退艦。三分で退艦できなかった者の責任は知らん。ところで、この報告は他の船に出しても?』
「勝手にしろ。降伏したいならしろ。ネメシスも同様だ。降伏した者は撃たない。それと、今この場でハイパードライブする船は問答無用で落とす」
『生き残りたければ脱出しろと。やはり君は優しいな』
「だがグラーフ。あんただけは逃がさない。もしもあんたがそこから離れれば、即座に皆殺しだ」
『わかっている。そんな見苦しい真似はしないよ』
中には抵抗してエネルギーマシンガンを撃ってくる機体もいる。
だが、それらは全て光の翼に撫でられて爆散する。
そうして二分が経過した頃には脱出用のランチで次々と非戦闘員を含めた乗務員たちが脱出し始めた。
そこらじゅうの船から。逃げられないと悟った者たちが、脱出し始めた。
しかし、ネメシスで降伏した者は少なかった。軍人として、戦う者としての最後の秩序なのだろう。ランチを護衛するように立ち回りつつ、銃口をスプライシングに向けている。
『さて、そろそろ時間か』
「あぁ」
『改めて、感謝する。外道の頼みを聞いてくれたことを』
「…………どうして」
その言葉を聞き、トウマの声が漏れた。
「どうしてあんたみたいなのが、あんな命令に従った!! これはあんたが起こした惨劇だ!! あんたと、アブファルが!! 関係ない軍人を巻き込んだんだ!! できた人間のはずのあんたが、どうしてそれを理解できなかった!!」
軟禁されていた時、グラーフとはあまり話していなかった。
だが、こうして話したからこそわかる。彼はできた人間だ。
きっと彼を慕うものは多かっただろう。規範的な軍人だっただろう。
だからこそ、どうしてこんな真似をしたのか。
わかっている。理由はわかっている。
だが、聞きたかった。彼の口から、その理由を。
『軍人というのは、上官の命令には従わなければならない。私には上官の背中を撃ってでもその命令を拒否する気概が無かった。ただ出世を一番に考えた馬鹿というだけだ』
「その結果がこれだとしてもか!? こうなると分かっていてもか!?」
『あぁ。私には愚かな命令に背く勇気も、知らなかったことを知り、反乱する勇気も。何もなかったんだ。その結果がこれだ。ならば、受け入れるしかあるまいて』
「勇気……」
『命令に背く、上官に反旗を翻す。部下の命を一身に背負い、全ての責任を負い、もう二度と帰りたい場所に帰れないと知りながらも己を貫き通す。そんな生き方、やろうと思ってもできるものじゃない』
「……そこまで分かっていて、なんで」
なんであと一歩を踏み出せなかったんだ。
その憤りでアブファルを排除する。そして、トウマ達にこの戦争に関与させないようにする。
それだけでこんな光景は広がらなかったのに。
『そうだな……もし、次の機会があったのなら。その時は勇気を出したいものだ』
「……次の人生でそうしろよ」
『そうだな。そうさせてもらう』
そして、光の翼がブリッジを貫いた。
グラーフは、その光によって消滅した。
己を好き勝手操った者の片割れを、殺した。
だというのに、何故だろうか。
「……くそっ、俺の負けだ、こんなん」
「トウマ……」
「こんな気持ちにさせられて、殺したくないって思っちまった……! その時点で俺の敗北なんだよ……!!」
「……そう。でも、その敗北は、わたしも背負うわ」
「ありがとう、ティファ。だったら、そうだな……せめて、敵ながらいい奴だったと。多少の敬意は払っておくよ。そうすりゃ、幾分か気が楽だ」
爆発炎上する船を見ながら、トウマは顔を上げた。
心配そうにこちらを見るティファに、大丈夫だと笑いかけながら。
「さて、辛気臭いのはこれまでだ。シヴァカノンで一気に敵を焼く!」
「やっちゃいなさい、トウマ!」
そしてこの日、この宙域へと進行したアイゼン公国軍の部隊は、降伏してランチやネメシスで戦域を離れた者を除き、全てが未帰還となった。
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