【KAC20243】ゴミ箱。

音雪香林

第1話 付喪神。

足し算も掛け算ももううんざり。

算数なんてなくなってしまえばいいのに。


なんて思いながらノートに落書きをしていたら、授業がだんだんと雑談の流れになって来た。


よっしゃー!

内心で歓喜していると、先生が「みなさんは『付喪神』と言う存在を知っていますか?」と問いかけてきた。


みんなが「付喪神?」と首を傾げる中、おじいちゃんやおばあちゃんとも一緒に住んでいるというクラスメイトが「知ってる! 長い間大切にされてる道具ってしゃべったり動いたりするようになるんだって!」と声を上げた。


先生は「物知りですね。その通りです」とにっこりする。

さらに「付喪神は神道におけるアニミズム的思想から発生したものであり……」と続けられ、だんだんと難しい内容になっていった。


これじゃ算数の授業と変わらない。

まったく、忌々しいったらないよ。


先生の言ってる内容が理解できないまま眠くなってきたとき、キーンコーンカーンコーンと授業終了のチャイムが鳴った。


うとうとしていた僕はハッと目を覚まされる。


「今日はここまでですね」


先生の声に僕含めみんな起立し、頭を下げる。


先生がいなくなるとみんな話し始めるけど、僕は疲労した脳みそを回復させるべく机に突っ伏して小休憩をとった。


意識は徐々に眠りに落ちる。


***


僕はお皿を洗っていた。

お小遣い稼ぎのためだ。

全て洗い終えて水ですすぎ、食器乾燥機にかける。


そしてお皿を洗うのとは別のスポンジでシンクを洗い、三角コーナーの生ごみをゴミ箱であるポリバケツに入れる。


ふと、先生の「物にも魂は宿っている」というアニミズムだったかの神道的思想を思い出す。


このゴミ箱にされているポリバケツにも、魂はあるのだろうか。

だとしたら、いつも生ごみを入れられてかわいそうだな。


「ごめんね」


つい謝ると「ごめんねじゃなくて、ありがとうがいいな」と声がした。

周囲には誰もいない。


僕は「ゴミ箱くん?」とおそるおそる話しかけると「そうだよ」と返ってくる。

僕は、先生が教えてくれたことは本当だったんだ!


と、びっくりした後に彼が望んだように「いつもありがとう」と告げた。


でも、それだけではいつもゴミを入れている罪悪感はぬぐえず「なにか、欲しいものとかある?」と聞いた。


けれど「特にないかな」と言われて、考えた末に「じゃあ、何かして欲しいことは?」と聞いてみた。すると。


「じゃあ、フタを綺麗にして欲しい。取っ手以外の部分に汚れがたまってて、気持ち悪いんだ」


と返って来た。

僕はキッチンから洗面所に移動して雑巾を一枚拝借し、戻ってきてゴミ箱くんのフタを拭こうとしたが……。


「起きなさい! 授業が始まるわよ!」


大声にビクッと体を揺らして起きると、目を吊り上げた国語の先生がいた。

僕は慌てて「すみませんでした」と謝って起立する。


お皿洗いもゴミ箱くんとの会話も夢だったらしい。

そうだよな。


算数の先生の話からすると、百年経たないと付喪神になれないみたいだったし。

でも……。


家に帰ってゴミ箱くんのフタが汚れてたら、綺麗にしてあげよう。


夢だったとしても、僕がゴミ箱くんに「なにかしてあげたい」と思ったことは本当だから。


約束は守らなきゃね。


僕は帰宅後のことに思いを馳せながら、窓の外の青空を見上げるのだった。




おわり

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