想いの小箱
となりのOL
想いの小箱
どうしても叶えられない想いを、持て余す感情を、封じ込める物として必要な人の元に現れるという想いの小箱。
それが今、俺の目の前にあった。
彼女が亡くなって、一週間。
気持ちもようやく少し落ち着き、やっとのことで彼女の物を整理していた時に見つけたものだ。
何故ここにあるのか不思議でいて、逆に、ここにあるのが当然かのような雰囲気を纏う、一際異彩を放つ小箱。
閉まっているということは、前の持ち主の想いが入ったままということだ。
何故、初めて見たはずの想いの小箱のことを俺が知っているのかと言えば、彼女が生前にそう教えてくれていたからだ。
『どこかにあるというその箱に、この溢れる気持ちを封じられたならば、こんなに張り裂けそうになる想いを抱えて逝かずにすむのに』と。
彼女は最後の時まで、俺に『ごめんなさい……』と謝りながら逝った。俺への気持ちは最後まであったということだ。
望んでいた彼女の手には届かず、今、箱を見るまで忘れていた俺が手に入れるというのは、少し滑稽じゃないだろうか。
そう鼻で笑いながら、箱を手に持ち、耳元でゆすってみる。
確かに閉まっているが、中からは何も音がしなかった。
とはいえ、せっかく手に入ったのならば、この箱を使いたい。
俺を置いて逝ってしまった、彼女への気持ち……。
少しは落ち着いたものの、まだ心の中で渦巻く激情と喪失感を、ほんの僅かでも忘れられたなら……。
そう思いながら小箱を検分していると、はたと思い出した。
そういえば、想いの小箱は想いの持ち主が死ねば自然と開くが、無理やり開ければ封じ込めた想いが持ち主へと返ってしまうのではなかったか。そして、もうその人は、二度と使えなくなる、と。
閉まっているということは、この中の想いの主はまだ生きているということだ。
苦しい思いをやっと手放せたであろう前の主に、想いが返ってしまうというのは実に心苦しい。
けれど、まあ、もう時間も経っていることだろうし、良いのではないだろうか。
今、俺の元に現れたというならば、俺が一番この箱を求めているということだ。
そう思って箱を開けてみる。
――カパッ。
箱が空いた瞬間、温かい光が溢れた。
光は目の前でふわっと広がると、どこに行くまでもなく、すうっと俺の中に吸い込まれていく。
……え?
動揺と共に蘇ってきたのは、彼女が逝く前、錯乱し、彼女を殺して自分も後を追おうとした俺の想いだった。
この記憶は何だ?
「お願い、落ち着いて……」
「うるさい! 君を手に入れられないなんて、俺には受け入れられない! 俺のものにならなのならば、いっそ、俺の手で今……!」
「待って、落ち着いて……あなたは、一体、誰なんですか⁉」
すべてを思い出し、喉がゴクリと鳴る。
ああ、彼女は、俺の手ではなく、自分で逝ってしまったのか。
許せない。許せない。許せない。許せない。
こんなにも深く愛していたというのに、俺を置いて一人で逝ってしまった彼女。
俺の手から離れ、もう未来永劫、俺のものではなくなってしまった。
あの小箱に封じ込められていたのは、俺の彼女への狂おしいほどの愛だったのか。
目の前の壁一面に貼られた彼女の写真を睨みつけていると、外からサイレンの音が聞こえてきた。
許せない。が、彼女がいないこの世など、もういる意味もない。
俺はそう思い出し、一人暮らしの部屋を出て、マンションの屋上から身を投げた。
『来世では、今度こそ彼女と一緒になろう』
その想いを、胸に抱いて。
想いの小箱 となりのOL @haijannu
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