世界の中心でだって死んでやる
奈良ひさぎ
世界の中心でだって死んでやる
僕は自由だ。
妻も子供も、金も地位も責任も全部かなぐり捨てて。何にも縛られない素の自分で、この世界を見たい。そして、「やっぱり大したことなかったな」なんて、つぶやいてみたい。
SNSに意味深な投稿をしてみたい。くだらない宣言の後に痛いポエムを連投して、社会の肥溜めみたいなネット掲示板で晒し者にされたい。「どうせやらかす勇気なんてない」と詰られたい。
この社会は「はみ出した」人間にとってはあまりにも生きにくいのだと実感したい。あくまで大多数を占める、普通の人間にとって住み心地のいい場所が社会なのだ。はみ出した人間も、社会を変えるより自分の行いを改めろと諌められる。でもそれができれば、最初からはみ出したりなんかはしない。はみ出した人間の大多数は、はみ出したくてはみ出したわけじゃない。周りと少しずつ歯車がずれていっていることに気づけないまま、気がつけば軌道修正できないところまで来てしまっているのだ。
見ず知らずの人間を殺すのがどれくらい重罪なのか、実感してみたい。警察に追われて、銃を向けられて、どうせ撃てないんだろとか、どうせ俺を殺せはしないとか言ってみたい。
なぜ人を殺してはいけないのか、それは誰にも分からない。人を殺せばその瞬間に雷が落ちてくるわけでもないし、代わりに誰か知らない存在に命を握りつぶされることもない。それは過去の殺人犯が罪を犯した後ものうのうと生きていることから明らかだ。警察に捕まらない限り、人を殺したその行いが刑罰の形で咎められることはない。法律があるから、厳しいお咎めが待っているから、みんな誰かを無性に殺したくなっても我慢しているのだ。もっと論理的な理由とやらは、そもそもあるのかどうかも誰も分からない。
何も持たずに家を出ることが、こんなにも清々しい気分にさせてくれるとは思ってもみなかった。荷物を持てば持つほど、気持ちも重くなる。捨てれば捨てるほど、何でもできるような錯覚に陥る。
あてもなく歩いてたどり着いた人通りの多い交差点で、突然暴れ回りたい。どうせ他人に興味のない人間ばかりが集まったくだらない世界だ。奇声を上げたってさして構う人間もいない。それくらいなら近くにいてもおかしくない。今日はたまたまうるさい人に出くわしてしまったな。そう思うだけである。
だから、不意にすれ違った人を殴りたい。殴って殴って殴って、顔の形が変わるくらい叩き潰したい。あるいは家を出る時に包丁だけ持って、振り回して、誰かを刺したい。そうしたら嫌でも注目されて、恐怖が瞬く間に伝播してゆくだろう。僕はその場で一躍スターになるのだ。
発狂した僕を見て、みんなはパニックになって逃げるだろう。心理学的には、「誰かが通報してくれるだろう」と思って、その場を立ち去るだけで何もしない人がほとんどだということを知っている。だが誰かが通報したって問題はない。そこから逃げようだなんて微塵も思っていない。警察がやってきて、発砲するか否かという時に、僕はあっさりと自死を選ぶのだ。
どうせ死ぬのだから、好きなだけ暴れて、周りの人間を巻き込んで死にたい。散々僕を冷たくあしらってきたのだから、僕がそうしたって文句は言えないだろう。それに僕は死ぬのだから、文句を言ったって恨んだって、何の意味もない。
僕の方が勝ち逃げしたと誇るつもりもない。僕は生まれてきた時点で負けている。大勢に置いていかれ、馬鹿にされ、詰られて生きてきた。僕が殺した人間を少し嗤うことくらいはするけれど、それ以上は求めない。罪を赦されるつもりもない。死のうと生まれ変わろうと、どうせその罪は消えやしないのだから。
ああ。いつの日か、そんな自由が僕に降ってこないだろうか。
くだらないことでもなんでも、やり込められて気持ちが沈んだ時、僕はそうやって考えるのだ。
世界の中心でだって死んでやる 奈良ひさぎ @RyotoNara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
イオンモールを揺蕩う/奈良ひさぎ
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます