箱箱箱こここ

水乃 素直

箱の物たち

 函館にある小さな部屋。寂れた商業ビルの地下一階。怪しい雀荘のずっと奥に箱はあった。ろうそくが照らす廊下は少し暗かった。

 夜の帷がおりて、8畳ほどの部屋の中で、箱提灯の灯りが部屋をわずかに照らした。男たちの静かで荒い息。汗が熱気へと変わった。



 入り口付近に胡座をかいている男がいた。横には、紫の布に敷かれた無数の小さな箱があった。筆箱から顔を出す鉛筆は、少しだけ丸かった。男は鉛筆をとり、何かを記録していた。

 箱提灯には「箱」の文字があった。

 すると、廊下から布が滑るような足音が聞こえ、襖が少し開いた。男から低い声がした。

「あんたぁ、見ねぇ顔だな……」

 入ったばかりの男は、

「ここに箱師がいると聞いてな」

 と呟いた。男は髪がボサボサの無精髭で、見るからに無愛想な格好。表情は、暗くてよく見えなかった。

「へへっ、あんたも物好きか?」

「まぁ、そんなところだ。おやっさん、この箱は?」

「これは最近仕入れた箱だ」

 そういうと、男は大きな赤色の箱から40センチ四方の茶色い箱を取り出した。

「箱根にも同じ箱があってな。函館と箱根を往復する。この中に入れば箱根に行ける。人間通い箱ってところだな」

「……悪くない。一回試しても?」

「1000円だ」

「試すだけで金取るのか? おやっさん」

 遠くで麻雀客の声がした。「箱点行ったやつは先、金だせよ。レートはテンピンな」

 少しの沈黙。

「……ちっ。好きにしろ」

 男はもぞもぞと箱に入った。

「おい、銭湯の中とは聞いてないぞ」

「お、そうか、すまんすまん。ははは! 運がいいと女湯だ。もちろん、警察に捕まりゃあ豚箱行きだが」

「くそったれ」

 びしょびしょになった男は青い箱の上に立った。箱の中から温風が流れ、彼のぐしゃぐしゃの髪を乾かした。



「他の箱は?」

 男が他の箱に目を向けると、おやっさんが説明を始めた。

「砂とおもちゃがあるのが箱庭だ。この中に入ると、1時間はここに閉じ込められる。鍵はあるが、あんまり当てにならん」

「悪くないな、こっちは?」

「空箱。前までは宝石が入ってた」

「宝石箱か、これは?」

「これは玉手箱。空けるんじゃないぞ」

 座った男が顔を見上げた。じっと相手を見た。

「あんた質問するだけで、買う気無いんじゃないか?」

「そう見えるか?」

「いやいや、待てよ……顔についた長方形の傷……同業か?」

 男の顔の影が箱提灯の光に照らされて揺れた。少し愉快そうな声がした。

「同じ箱のむじなだな」

「箱師か」

「そうだ」

 おやっさんは、伸びをしながらそっぽを向いて、箱枕に寝た。

「なんだ、つまらん。ここは俺たちの箱なんだ。よそは、よその箱でやってくれ」

「今は旅人だ。前の箱でお祓い箱になった」

「そんな言い訳あるか」

「ある」

「信じねぇよ」

「なぁ、おやっさん、その箱の箱全部くれ」

「箱買いか。全部で85500円。まけて85000円だ」

「もっと安くならんのか」

「ならんね、同業者に売るものでもねぇ」

 一匹の蛾が箱提灯の中に入った。じゅっ、という音を立てて、燃えた。

「あんたこれからどうすんだ?」

「俺は、もう少し北へ行く。そっちには、箱があんまり無いらしいからな」

「そうか、俺は何も見とらんぞ」

 そう言いながらも、おやっさんは男に箱を売った。



 突然音がした。

「おい! 警察だ! 今からここを捜索する! 動くな」

「おっ、バレたか?」

 おやっさんは、箱から箱を詰めていった。先程まで、3畳ほどに広げていた箱は、ダンボール一箱分に収まっていた。

「俺の追手かもしれん」

「そうか。逃げるぞ、あんたも乗りな」

「良いのか?」

「同じ箱のむじなだ」

 おやっさんは、愉快な声を出した。そして、箱から黒い箱を取り出した。

「それは?」

「玉手箱だよ」

 箱を開くと一艘の方舟が現れた。

 男たちは、方舟に乗って、姿を消した。

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