ムキムキの霧木宗光(むきむねみつ)

多岐出遊一(タキデユウイチ)

第1話 孤高のボディビルダー霧木宗光

 霧木宗光は3ヶ月後に出場するムキムキマッチョリンピアの為に日々トレーニングしていた。霧木の体はムキムキのマスモンスター(巨大な筋肉の化け物)である。

 霧木は何故ここまで鍛えるのか。3ヶ月後に迫った日本一を決めるボディビル大会ムキムキマッチョリンピアに出場する為である。

 そして、もう一つの理由がある。ムキムキマッチョリンピアの絶対王者であり、霧木のライバルである千代田翔馬(ちよだしょうま)に勝つ為である。

 

 千代田は大会4連覇中の無敵のチャンピオンである。千代田も霧木同様にマスモンスターである。また脂肪一つないベストコンディションで毎回、大会に出場し、前人未踏の4連覇を成し遂げた。


 そんな千代田に霧木は負け続けけていた。千代田が彗星のごとく現れ、王者の座を奪われた。

 そして、千代田は男前である。今風で言えば、イケメンと言うべきか。千代田の絶対的強さとイケメンも相俟(あいま)って、千代田は王座の称号と人気を欲しいままにした。打って変わって霧木宗光はお世辞にも男前とは程遠い顔である。

 霧木は人気も王座も千代田に奪われて、どうしてもそれを取り返したかった。霧木が千代田に勝つ為には、千代田を超える筋肉のデカさと千代田並みのコンディションで大会に挑む必要がある。

 


 霧木は千代田に勝つ為に、鍛えて鍛えて鍛えまくった。ダンベルを持って鍛えて、ダンベルを持って鍛えて、ペットの猫のキタ子と鍛えて、験担ぎ(げんかつぎ)に北を向きながら鍛えて、北区に住みながら北千住に鍛えながら通い、北江(きたえ)キタエルジム北千住店で鍛えた。雨の日も鍛えて、嵐の日も鍛えて、鍛えない部位の日も鍛える部位の日も欲張って鍛えた。鍛えて鍛えて鍛え過ぎて毎日筋肉痛になるまで鍛えた。


 そんなある日、鍛え過ぎた霧木に悲劇が起きた。霧木が、ベンチプレス180Kgのバーベルを持ち上げた瞬間に左目が真っ赤に染まった。霧木は一瞬焦ったが、手を離すといのであるに関わる為、片目を閉じて残りの力を振り絞ってバーベルを置いた。

 霧木はジムのスタッフに断りを入れて、急いで救急車を呼んだ。

 霧木の過酷な減量による無理な食生活と極限まで負荷をかけるハードトレーニングで血液成分が異常を起こし、その代償が左目を襲ったのである。

 医者には「トレーニングを辞めて、治療に専念しないと失明する」と言われた。

 そして、治療には、むくみと炎症を抑えるためにステロイドを使わなければならなかった。霧木の出場するムキムキマッチョリンピアでは、ステロイドの使用は禁止である。つまり、左目かムキムキマッチョリンピアのどちらかを選ばなければならなかった。

 

 霧木は悩んだ。霧木は今年の体の仕上がりには自信があった。霧木は今年こそ千代田に勝てる気がした。

 そして、霧木は絶対にステロイドは使わないと決めていた。ステロイドを使わないナチュラルなボディビルに美学を感じていたからである。ステロイドを使えば、病気の治療でも「ステロイドを使った事がない」と言えなくなる。

 しかし、大会を選べば左目が見えなくなる。霧木には非常につらい選択であった。

 そして、霧木は決断した。霧木は、左目よりもムキムキマッチョリンピアを選んだのである。




 それから、また鍛えまくる日々が始まった。鍛えて鍛えてムキムキになった体がさらにムキムキになった。ムキムキになっても千代田の体に勝らなくては意味がない。霧木はムキムキの体をさらにムキムキに仕上げていく。

 ムキムキの時もムキムキじゃない時も霧木はムキムキになる為に努力した。ムキムキのトレーニングでムキムキの嫌な思い出が蘇ってきた。

 ハードムキムキトレーニングのせいで、ムキムキの体と引き換えに20代で髪の毛はすべて抜け落ちた。

 「ムキムキの体の為なら仕方ない」

 とムキやり、いや無理やり自分を納得させた。

 しかし、霧木の彼女のキム・リカはムキムキの霧木の剥げを見て「ムキムキは好きだけど、ムキムキの剥げはムキ、間違えた無理、さよなら」と言ってムキムキの霧木の前から立ち去った。

 ムキムキの霧木は悲しくてて悲しくて、ムキムキの腕で涙を拭った。鏡に映る自分の剥げ頭を見て、醜くて、やるせない怒りで鏡を殴り割った時もあった。

 辛すぎて無鬼ごろし(酒)を記憶を無くすまで飲んだムキもある。いや時もある。

 

 そんなムキムキの思い出とともに霧木はひたむき

にムキムキの体を仕上げていく。いくらムキムキに鍛えても4年間も無敵のムキムキの千代田には勝てない。霧木のムキムキの筋肉を観客にムキになって見せつけても、ムキムキの千代田に声援がいく。ムキムキの声援どころか、黄色い声援もムキムキの千代田の方にいく。

「結局、顔かよ、チクショー」と思いながらムキムキの霧木は感情を剥き出しに、嫉妬しながらムキムキになる為にトレーニングに励んだ。


 ムキムキになる為に髪も左目も恋人も人気も失って、捨てる物が無くなった孤独の霧木は、壮絶なムキムキハードトレーニングで悲しみを忘れようとした。

 ムキムキにひたむきにムキムキの無敵の千代田を超える為、ムキムキになるトレーニングでムキムキをさらにムキムキにしていった。何もかも奪ったムキき、いや憎き千代田を超える為、ムキムキのムキムキにムキがムキでもムキムキにならなければならなかった。



 2ヶ月ムキ後、ムキムキマッチョリンピアの日を迎えた。霧木宗光の体は、千代田翔馬を超えるマスモンスターになっていた。そして、脂肪一つないコンディションである。

 ステージに上がった霧木に会場がどよめいた。霧木の体だけ明らかにデカさ違う。千代田への黄色い声援が掻き消され、霧木への声援が鳴り響いた。

 

 霧木は鳥肌が立ち、そして、気付いた。「そうだ俺はこの声援の為に鍛えていたんだ、俺は孤独じゃない、会場のみんなが俺のムキムキの体を見て応援してくれる」と。

 霧木のムキムキの体は、観客の声援に呼応するように膨れ上がった。霧木はムキムキの体を観客に喜びをムキ出しにしてムキムキの無敵の筋肉を見せつけた。

 

 そして、霧木宗光はライバル千代田翔馬を倒し、見事に優勝を果たした。

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ムキムキの霧木宗光(むきむねみつ) 多岐出遊一(タキデユウイチ) @stumary

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