それは宝石箱な裁縫箱

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

それは宝石箱な裁縫箱

「ユウくん、その服ボタンが取れかかってる。つけてあげるよ」


「ん? ホントだ。ボタンくらい自分でつけるよ」


 タマちゃんに指摘されてそう返すと、タマちゃんはぷっくりとほっぺをふくらませた。


「やだ。せっかくお嫁さんになったんだもん、お嫁さんらしいことしたい」


「お嫁さんらしいことって、今どき針仕事が女性の役目ってこともないと思うけど」


 苦笑しながら、素直に服を渡す。結婚して半年、俺の嫁は今日もかわいい。

 その嫁ことタマちゃんは裁縫箱を出してきて、ふんすと気合いを入れた。


「ってタマちゃん、その裁縫箱、小学生のころのやつだね」


「あ、うん。えへへ。案外使いやすくて、ずっと使っちゃうんだよねえ」


 見覚えのある、カラフルでかわいらしいデザインの、宝石箱みたいな裁縫箱。

 小学生のころ、みんな好きなデザイン選んで買って授業で使ってたよね。


「じゃ、ユウくん、やるね。まず針に糸を……糸、を……んー」


 糸の先をなめて、整えて。

 ぷるぷる、ぷるぷる。スカッ、スカッ。

 ものすごく肩に力が入って指先がふるえたあげく、糸が針穴に全然通らない。


「……あー、タマちゃん。糸通すのだけやったげようか」


「あ、うー……うん。ごめんユウくん」


 しょんぼりとして、タマちゃんは針と糸を渡してくる。

 俺は糸をなめて整え直して、針に糸を通した。

 その様子を、タマちゃんはものすごくきらきらとした目で見てる。


「器用だなあ、器用だなあ。ユウくん昔っからこういう細かい作業得意だよねえ」


「まあねー。あ、昔っていやあ、それこそ小学生のときもこんなことやったよね」


 思い返す。小学校の同級生だった、タマちゃんとの思い出。


「あのときも針に糸が通らなくて、俺がやってあげたことあったっけ」


「あー、うん。私はそのときから不器用でした」


 てへへ、と笑う。そんな仕草も、小学生のときから変わらないな。

 そうやって微笑ましく思いながら玉結びを作って、ふと思った。


「でもあれだね、今は気にせずそのまま糸の先をなめちゃったけど、これ間接キスだよねえ」


「あ、え、うん」


「昔は確か切り直して新しい先端にしてやってたから、慣れっていうか関係性っていうか……タマちゃんなんか照れてる?」


「そっ、そんなことないよ!? あっ玉結び終わったなら、ボタンつけるね! 貸して!」


 ひったくるように針を持っていって、いそいそとボタンつけを始めた。

 間接キスって言ったから意識しちゃったのかな? もう結婚した身だから間接どころかいろいろ経験した身なのに、タマちゃんウブだなー。


「タマちゃんの様子見てると、裁縫箱が小学生のころのなのもあって昔を思い出すよ。あのときは普段使わない道具がいっぱいあって柄もドラゴンだったりで、まるでおもちゃ箱みたいに」


「あ、あ、あのっ!」


 裁縫箱を手に取ろうとしたときに、タマちゃんから大きな声が出た。


「見られてると緊張してうまくできないから! お風呂わいてるからお先にどうぞ! 上がるまでにはつけとくから! たぶん! きっと! 希望的観測では!」


「ボタンひとつつけるのにお風呂の時間で終わるかどうかが希望的観測じゃ……いや、頑張ってね。ありがとね」


 いつも不器用でも頑張ろうとするタマちゃんの様子にほっこりしながら、お風呂に向かった。




   ◆




 ユウくん、お風呂に行った。危なかったぁ。まあ見られてもなんなのか分かんないかもしれないけど。


 裁縫箱の、一番底を見てみる。いろんな物をのけた、一番底の底。

 そこには練習用の布に縫いつけられた、ひとつのボタン。

 小学校の授業でつけたやつ。


 あのころ、針に糸がなかなか通らなくて、困り果てていた。

 それをユウくんが見て、糸を通してくれた。

 ごくごく、自然に。糸をなめて。


 そのときの糸を使ったのが、このボタンだ。


 顔から火が出そうになる。

 これ今でも大事に取っといてるって知ったら、ユウくんどんな顔するか。知られたらどんな顔してユウくんに向き合えばいいのか。


 だって、だって! 好きだったんだもん! あのときから!

 そんな好きな男子が口の中に含んだ物が私の手元に! 合法的に! あるんだよ!

 取っとくじゃんそんなの! 大事に大事に取っとくじゃん!

 いやまあまさか私もずっとずっと恋したままで大人になっても恋が成就して結婚してまでも取っといてるなんて思ってなかったけどね! ちょっと私気持ち悪いかも! なんならこう、間接キスーってやったこともあるし!

 あっでも、そんな何度もちゅーちゅーちゅーちゅーしたわけじゃなくって、その、たまにしかしてないし……くちびるでちゅってやるだけのかわいいやつだけで、こう、口に入れてディープな感じのは、その……数えるくらいしか、してないし……


 ……ユウくんには絶対バレないようにしよう。

 こんな私の尊厳を封じ込めたパンドラの箱、絶対ユウくんには開けさせないようにしよう。


 ……ちなみに捨てる選択肢はないよ。別の場所にしまっとくのも、あんまりしたくないな。

 このボタンは今でも私の宝物で、それをしまったこの裁縫箱は、私にとって宝箱だから。




 ちなみに余計なことを考えすぎて、ユウくんがお風呂から上がるまでにボタンがつけられませんでした。

 うわーん、希望的観測〜。

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