開かずの箱

翠雨

第1話

 開かずの箱。宇津木咲花はなへ舞い込んだ今回の依頼である。

 徐霊師の卵になって一ヶ月ほど。それから、初めての一人立ちの際に、徐霊対象の霊を徐霊できないどころか、その霊に憑かれてしまってから一ヶ月ほど。

 その自分と変わらない年に見える青年の霊は、今も隣にいるはずだ。

 『はずだ』というのは、咲花が徐霊師としての力が弱く、普段は霊の姿が見えないことにある。


 大きな邸宅のリビングに通されて、箱を見せられた。

 木目が美しい木箱は、元々は鍵がついていたらしく、側面の真ん中あたりに金具がついている。

「1週間前までは持ち運ぶこともできたんですが、今は開けることはもちろん、持ち運ぶこともできなくなってしまいまして……」

 友人やご近所にも相談したという。すると、『霊かなにかの仕業では』と言う人が現れて、徐霊師団体に連絡したのだと。

 その徐霊師団体から、新進気鋭の徐霊師(?)として派遣されてきたのが咲花である。

「徐霊師さんが、思ったよりも若くてビックリしました」

 年齢も見た目も大学生の、咲花の能力を疑っているかのような物言いだ。

 咲花としても、自分は力が弱いと思っているので、侮られても腹など立たないのだが。

「それでは徐霊を開始しますので、少し離れていてください」

 依頼主は、ダイニングへと移動していった。ちなみに境目の扉は開けっぱなしだ。


 それだけ咲花が信頼されていないのだろう。

 というか、徐霊師というものを信頼していないのかもしれない。


 呼吸を整えるとランタンを取り出し、12時間くらいかけて作った特性の蝋燭をセットする。

 使い捨てライターを手に持った。いわゆる100円ライターと呼ばれるものだ。

 蝋燭に火をつけると、咲花の目には見えざるものが浮かび上がった。


 目の前の木箱を、必死の形相で、それこそ、顔を真っ赤にしながら両手で押さえつけている女性の霊。

 どれだけ開けさせたくないんだと突っ込みたくなるほどの形相だが、顔が赤いのは力の入れ過ぎだけではないのかもしれない。

 咲花に憑いてしまった青年の霊と、すでに口喧嘩をしている。


「早くその両手を離せよ!!」

「あなたには関係ないでしょ。あの子の歯なんだから~!!」

「関係大有りだっての!! 早く仕事を終わらせたいんだよ!!」

「なんであなたは、徐霊師なんかといるのよ!!」

「そんなこと、どうでもいいから、早く離せって!!」


 説得とか、できる状態じゃないかも……。


「ねぇ、なんで、そんなに押さえてるの?」

「あの子の歯なのよ!!」

「あぁ、もう、咲花ちゃん、早くやっちゃって!」

「へ?」

「もう、いいから!」


 青年の霊が早く早くと急かすので、バックの中からお札を取り出す。

 これも咲花の力を濃縮した特別製だ。


「咲花ちゃん、早く」

「でも……」

「いいから!!」

 もう、なんとでもなれ!!と、お札を女性の霊に貼る。


 女性の霊の輪郭がボヤけてきた。成仏し始めている。


 咲花の弱いお札一枚では、足りない??と思ってもう一枚!


「えい!!」

「え? それ、作るの大変なんだろ?? もったいなぁ~い!!」

 青年の霊に、そう言われる頃には、女性の霊は跡形もなく消えていた。


 蝋燭の炎が消える。

 優しげに微笑む青年の霊も、見えなくなった。


 そっと、箱の蓋を触ると、なんの引っ掛かりもなく開きそうだ。

 箱を持ち上げると、依頼人に向き直る。

「試してみてください」

 依頼人は、恐る恐る箱を開けた。

「あっ!開きました」

 通帳や印鑑といった貴重品が見えた。

 乳歯入れとわかるデザインの小さな小箱が見える。


 『あの子の歯』ね。


 女性の霊は、乳歯の子の母親なのだろう。


「ありがとうございました」

 深々と頭を下げる依頼人。

「あなた、早かったのね」

 きれいな女性が、小学生くらいの女の子をつれて来た。


 あの子の乳歯だろうか? すごく懐いているように見えるけど、後妻??


 余計なことを考えるなと言わんばかりに、肩のあたりが重たくなる。


 こんなことをするのは咲花に憑いている青年の霊しかいない。

「困ったことがございましたら、徐霊師団体に御用命ください」


 肩の重さに顔をひきつらせながら邸宅を後にすると、重たかった肩がスーッと軽くなる。

 大きくため息をついた。


 背後霊と化した青年の霊が、伝えたいことがあったのだろう。




「ねぇ、今日のって、どういうこと? 何を言いたかったの?」

 ベッドに入って電気も消して、呟いた。

 そのまま目を閉じると、眠りに落ちていく。


「なんにも言わなくて、正解ってこと」

 青年の霊が、柔らかくウェーブのかかった髪を掻き上げながら現れた。


 夢枕に立つというやつだ。

 この霊と暮らすまで、心霊体験などしたことはないが、もうすでに慣れてしまった。


「まぁ、そりゃ、仲の良さそうなご家族だったし」

「そういうことじゃない。

 あのおばちゃん、家族でもなんでもねぇんだよ。

 霊になるやつは、この世に未練や気になることがあるんだけど、死ぬってすげー衝撃だからさ、生前のことを忘れちまうってことが多いんだ」


 家族に看取ってもらったり、看取れない状況でも死体から離れずに待っていれば、弔ってもらえる。そういう霊は生前のことを多少忘れても、顔を見れば自分の家族だってわかるらしい。気がかりな人物、多くは子供などの後ろについて守っていることが多いらしい。


「でもさぁ、中には、パニックになって霊になったとたんアチコチ飛びまわっちまうやつもいるんだ。そうすると、家族と合流できない。あと、未練が昔の恋人なんかだった場合も、同じだ。

 まぁ、今回の人は、『あの子』って言ってたから、子供が気がかりだったんだろ? でも、迷子になって、似た子を見つけたから張り付いていただけだ。あの子の親族じゃない」


 人に迷惑をかける霊の8割は、そういった迷子の霊らしい。


「いつまでも彷徨っていても悲しいだけだろ? とっとと成仏させてやれ」


 自分はまったく成仏する気がないくせに、偉そうに顎を上げている。

 もしかして、私を守っているつもりなんだろうか??

 いや、いや、まさか。面白がって憑いてきただけなんだから。

 今度こそ咲花は、眠りに落ちていった。

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開かずの箱 翠雨 @suiu11

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